光合成は植物にとって欠かせない重要な反応であり,光エネルギーを利用して水と二酸化炭素から酸素と炭水化物を作り出す。光合成産物は主に葉緑体を豊富に含む葉肉細胞内で合成され,主に糖として師管を通って植物体内の栄養を必要としている部分へと運ばれる。運ばれる場所は茎頂や新芽,果実,根など成長が盛んな部分でシンクと呼ばれている。また,栄養を供給する葉はソースと呼ばれている。葉は若く未成熟である間は他の成熟した葉から糖を受け取るシンクであるが,成長と共に必要な糖を自身で賄えるようになり,さらには他の部分へと糖を供給するソースへと変化する1)。光合成の効率や光合成産物の分配率は植物の成長や収量に大きく影響するため,古くから盛んに研究が行われている2, 3)。ダイズはマメ科ダイズ属に属する一年草の双子葉植物であり,多量の油分とタンパク質を含んでいる。油糧作物であると同時に植物タンパク源として広く食用されており,その有用性から増収が求められている4, 5)。
光合成産物の輸送については放射性同位体を用いた研究が多数行われており,ダイズでも多くの報告がある。その内容は14Cラベルした二酸化炭素を特定の葉に取り込ませて体内の14Cを解析することで光合成や光合成産物の輸送の速度,光合成の代謝物,光合成産物の輸送先などを調べたものである6–11)。また,ほとんどの植物種において光合成産物は大部分がスクロースの形態で師管を通って輸送されていることが明らかにされており,ダイズでも茎を通る光合成産物の90–95%がスクロースであるとの報告がある6, 7)。14C-スクロースをダイズの葉に直接取り込ませて莢の14Cを測定することで,ソースからシンクへの輸送を解析している研究報告もある12)。
14C-スクロースを用いた実験では師管へのスクロースの積み込みや師管輸送に注目した報告が多く13–15),実際に植物体内で合成された光合成産物と外部から与えた14C-スクロースが植物体内で同じ挙動を示すことを詳細に確認した報告はない。14C-スクロースは液体であるため限定した部分への塗布が容易であり,気体である14CO2の代替として使用することができれば光合成産物の輸送元と輸送先についてのより精密な解析が期待できる。そこで本研究では,ダイズの特定の葉に14CO2もしくは14C-スクロースを吸収させ,植物体内での14Cの分布を詳細に比較した。
2・1 供試植物
供試植物として,ダイズのコスズダイズ品種(佐藤政行種苗)を用いた。バーミキュライト内で発芽させたものを1/2 Hoagland水耕液に移して栽培した。栄養成長期を調べる個体は27°C, 16 h/8 hの明暗期の長日条件下で8–11日間栽培し,開花期を調べる個体は27°C, 8 h/16 hの明暗期の短日条件下で23日間栽培した。
2・2 14CO2添加
14CO2を添加する葉とその近位の茎,根の部分を残して植物体全体をアルミニウムホイルで包み,栄養成長期の個体はアクリルケース(22×23×38 cm)に,開花期の個体は45 Lのポリエチレンバッグ(65×80 cm)に入れ,上部をシーリングして静置した。密閉されたアクリルケースもしくはポリエチレンバッグと5 mLバイアルをチューブで繋ぎ,バイアル内で5 MBqの14C-炭酸水素ナトリウム(PerkinElmer, NEC086H005MC)と乳酸を混合して14CO2を発生させ,アクリルケースもしくはポリエチレンバッグへ14CO2を送り入れた。15分後,水酸化ナトリウムに14CO2を吸収させ,アクリルケースもしくはポリエチレンバッグを開放して植物を取り出した。その後すぐにアルミニウムホイルを外してサンプリング,もしくは22–24時間栽培を継続した後にサンプリングを行った。
2・3 14C-スクロース添加
14C-スクロースを吸収させる葉の上部表面を紙やすりを用いて軽く削り,3.7 MBq/mLの14C-スクロース(Moravek, MC 266)を5 µL添加した。本葉に添加する場合は3つの小葉全てに各5 µLずつ添加した。乾燥防止のために添加部位はポリエチレンラップでカバーした。その後,22–24時間栽培を継続し,サンプリングを行った。
2・4 イメージングプレートによる14C放射能の検出
植物体を台紙に貼り付けポリエチレンラップでカバーし,イメージングプレート(Cytiva, BAS-IP MS 2040)にコンタクトした。4°Cで3時間から7日間のコンタクトを行った後,Imaging Analyzer(GE Healthcare, Amersham Typhoon)によって画像を取得した。画像の解析はImageJ(version 1.53t)によって行った。
2・5 液体シンチレーションカウンタによる14C放射能の測定
作業の簡便化のため子葉を切り落としたダイズの初生葉もしくは第一本葉に14Cを添加し,22–24時間栽培した後,全体を部位によって切り分け,重量を測定して5–10 mLの25%次亜塩素酸ナトリウムに溶解した。葉は葉柄を含めてひとつの組織とした。溶解後,200 µLの溶解液に600 µLのHionic Fluor(PerkinElmer, 6013311)を添加し,よく混合して1時間以上静置した後にLiquid Scintillation Analyzer(PerkinElmer, Tri-Carb 4810 TR)によって14C放射能を測定した。溶解した次亜塩素酸ナトリウムの量に応じて値を補正し,14Cを添加した葉を除いた重量の総量,放射能(cpm値)の総量をそれぞれ100%として各組織での割合を算出した。地上部のみを解析する場合は更に根の値を除いて総量を100%とした。グラフの作成にはR(version 4.3.3)を用いた。
3・1 14Cの添加方法
特定の葉に14CO2を吸収させるために独自の装置を開発した報告あるが6, 16),このような装置は対象の植物試料に合わせて作成するため植物種とサイズが限られてしまうことが多い。一方,対象とする葉を固定してポリエチレンバッグに密閉する手法がよく用いられているが17),これらの方法は手間がかかり,かつ一度に多サンプルを処理することが困難である。そこで,本研究では特定の葉以外をアルミニウムホイルで包むことで光を遮断し,光合成による14CO2の取り込みを抑える方法を用いた(Fig. 1a, b)。試料を密閉下,同時に14CO2に暴露させることにより複数のサンプルを処理することが可能であるが,植物にかかるストレスは避けられない。14C-スクロースを葉面添加する場合は,葉の表面に撥水性があるためヤスリ等で擦過し,添加した溶液を取り込みやすくする必要があるが,植物を栽培している状態のまま行うことでき(Fig. 1c, d),一度に多サンプルを処理することが可能であった。葉の表面擦過による14C-スクロースの添加はダイズを含めた様々な植物種で用いられている手法である13, 18–20)。しかし,擦過処理のばらつきにより取り込み量に差が出てしまう可能性が懸念される。今回の実験では植物体内全体の14C量を測定し,各部位での割合を算出することにより,体内分布の個体間のばらつきは14CO2を取り込ませた時のばらつきと同程度であることを確認した(Fig. 4,結果の詳細は3・3節で後述)。すなわち,14C-スクロースの取り込み量のばらつきは体内での分配の結果に大きな影響を与えないことが示された。
3・2 イメージングプレートによる14CO2-光合成産物と14C-スクロースの分配様式の比較
まず,イメージングプレートを用い,14CO2の取り込みが限定した葉でのみ行われていることを確認した。水耕9日の初生葉に14CO2を添加し,直後と24時間栽培後のものを比較したところ,14CO2に暴露した直後は初生葉でのみ14Cが検出され,アルミニウムホイルで包んだ部分は14CO2を吸収していないことが確認された(Fig. 1e)。24時間後の試料では初生葉だけでなく,茎頂と第二本葉で14Cが検出され(Fig. 1f),初生葉内で合成された14Cを含む光合成産物がシンクへと輸送されていることが確認された。
次に,様々な生育段階の葉に14CO2もしくは14C-スクロースを添加して,22–24時間後の体内の14Cを調べた(Figs. 2, 3)。どの成長段階においても14Cを添加した葉は14CO2の場合は14C濃度は葉肉組織全体で高く,葉脈での14C濃度は葉肉部分と比較して低かった。一方,14C-スクロースを添加した葉は14C濃度が極めて高かったが,これは,体内に取り込まれずに葉表面にとどまっている14C-スクロースだと考えられた。14Cを添加した葉以外の部分では,14CO2を添加した場合も14C-スクロースを添加した場合でも同様の14Cの分布を示した。茎頂や上位の小さい葉では14C濃度が高く,下位の葉や茎の下部では14Cはほとんど検出されなかった。詳細は以下の通りである。
水耕8日の片方の初生葉に14Cを添加した場合は,第二本葉の半分と茎頂で14C濃度が高かった(Fig. 2a)。第二本葉の半分にのみ14C濃度が高く見られたのは二枚ある初生葉の片方にのみ14Cを添加したためと考えられる。
水耕9日の第一本葉に14Cを添加した場合は,第三本葉と茎頂に14Cが検出された(Fig. 2b)。第二本葉では14Cが検出されたが基部に比べて先端部の14C濃度は低く,葉内で一様ではなかった(Fig. 2b)。また,第二本葉に14Cを添加した場合は,14Cは第二本葉以外の部分では検出されなかった(Fig. 2c)。これらの結果から,水耕9日の第二本葉は14CO2を取り込んで自身で光合成を行っているものの,まだ葉外への14Cを含む物質の輸送は行われておらず,少量ではあるが他の葉からの光合成産物を受け取っている状態であると考えられる。Fig. 1fに示す水耕9日では第二本葉が初生葉からの光合成産物を一様に受け取っていた。この個体は第三本葉が展開しておらず,Fig. 2bに比べて生育段階が若く,第二本葉はまだシンクの状態であると予想される。
水耕11日の第一本葉に14Cを添加した場合は,第三本葉と茎頂に14Cが検出され,第二本葉での14Cは検出されなかった(Fig. 2d)。水耕11日の第二本葉は十分に成熟し,他の成熟葉からの光合成産物の受け取りが行われなくなったと考えられる。
また,生育段階や14Cの添加した方法に関わらず,14Cが見られた葉の葉柄の基部に位置する托葉には14Cが検出されなかった(Fig. 2b拡大)。托葉は葉が成長しても大きくなることはなく,あまり栄養を必要としていないためと考えらえる。
根でも部分的に14Cが検出される場合があり,特に根端で検出されることが多かった。根は大部分を重なったまま貼り付けており,イメージングプレートでの詳細な解析は困難であるため液体シンチレーションカウンタでの解析で判断することにした。
短日条件で栽培したダイズは水耕22日以降で一部に開花が見られた。この時期の第二本葉に14Cを添加した場合,最上位の第八本葉での14C濃度が高く,第七,六本葉にも14Cが確認できた(Fig. 3)。また,14C-スクロースを添加した場合は14CO2を添加した場合に比べて根の相対的な14C濃度が高かった(Fig. 3)。
3・3 液体シンチレーションカウンタによる14CO2-光合成産物と14C-スクロースの分配様式の比較
14Cから放出されるβ線はエネルギーが低く,厚みがある根や茎では放射線の自己吸収が起こるため,イメージングプレートによる測定では定量性が低下する。より正確な14Cの量を測定するため,液体シンチレーションカウンタでの測定を行った。
14CO2もしくは14C-スクロースを特定の葉に添加し,葉と茎を切り分けて重量を測定した。同じ栽培日数では各部分での重量の割合は差がなかった(Fig. 4b, d)。
水耕8日の両方の初生葉に14Cを添加した場合,14C量の割合は根でのみ有意差があった(Fig. 4a)。根での14C量の割合は,14CO2を添加したもので約30%,14C-スクロースを添加したもので約50%であり,14C-スクロースを添加した方が高かった。それ以外の部分では与えた14Cによる差はなかった。第二本葉は重量の割合が10%以下だったが,14C量の割合は20%以上であった。茎での割合は,14C量の割合も重量の割合も下位から上位の部分になるに従って小さくなっていったが,上位の茎頂,第二本葉–第一本葉間では14C量の割合は重量の割合に比べて高かった(Fig. 4a, b)。この結果は,水耕8日の初生葉に14Cを添加した場合のイメージングプレートの結果と一致していた(Fig. 2a)。イメージングプレートを用いた実験では初生葉1枚にのみ14Cを添加したため第二本葉の半分で14C濃度が高かったが,この液体シンチレーションカウンタで検出を行った実験では2枚ある両方の初生葉に14Cを添加しているため第二本葉全体で14C量が多くなっていると考えられた。また,イメージングプレートでは第一本葉での14Cは検出されず,初生葉からの光合成産物の受け取りはないと考えられたが(Fig. 2a),液体シンチレーションカウンタでは14C量の割合に大きなばらつきが見られた(Fig. 4a)。重量の割合と比べて14C量の割合はそれほど高くなく,個体によってはまだ初生葉から光合成産物を受け取っているが,その量は多くはないと考えられる。今回の報告では省略するが,根を除去した地上部のみに対して同様の解析を行ったところ,地上部の各部分では14C量の割合も重量の割合も有意差は見られなかった。
水耕11日の第一本葉に14Cを添加した場合,第二本葉と茎の第二本葉と第三本葉の節間と根で,14CO2と14C-スクロースのどちらを与えたかによって14C量の割合が異なった(Fig. 4c)。一番差が大きかったのは根であり,14CO2を添加した場合は約10%で14C-スクロースを添加した場合は約25%であった。根を除いて地上部に限定して解析を行ったところ,第二本葉と初生葉で14C量の割合の差が見られた(Fig. 4e)。14CO2を添加した場合と14C-スクロースを添加した場合でそれぞれ第二本葉では1.5%と4.2%,初生葉で1.0%と2.0%であった(Table 1)。重量の割合はどの部分でも同程度であった(Table 1)。どちらの14Cを添加した場合でも,第三本葉と茎頂で14C量の割合が重量の割合に比べて非常に高かった(Fig. 4e and Table 1)。これらの結果は水耕11日のイメージングプレートの結果と一致していた(Fig. 2d)。
Table 1 Mean of 14C ratio and weight ratio in each aboveground part of soybeans at 11 DAS |
以上のように,重量の割合に比べて14C量の割合が高いシンクである部分では液体シンチレーションカウンタとイメージングプレートの結果は一致しており,14CO2を添加した場合と14C-スクロースを添加した場合の14Cの分配率はほぼ同じであった。しかし,液体シンチレーションカウンタではイメージングプレートでは確認できなかった部分での違いを検出することができた(Fig. 4e and Table 1)。14C-スクロースを添加した場合の方が水耕8日の根と水耕11日の根,初生葉,第二本葉での14C量の割合が高かった。根はシンクであると言われているが根粒菌との共生の有無や根が置かれている環境によって光合成産物の輸送量が変化することが知られている21, 22)。根端は積極的に分裂を行っていて栄養を必要としているシンクであり,イメージングプレートでも一部で14Cが確認できている。しかし,それ以外の部分では14Cをほとんど検出できておらず,液体シンチレーションカウンタでも重量の割合に比べて14C量の割合は低い。根の重量の割合も水耕8日から11日にかけて減少しており,地上部の重量変化を伴う急激な成長に比べて根の成長は緩やかであると推察される。これらのことから,少なくとも今回の栽培条件では根は強いシンク能は持っていないと考えられる。また,水耕11日の初生葉,第二本葉は十分に展開し光合成を盛んに行っているソースであり,第一本葉に14Cを添加した実験においてイメージングプレートによる検出では14Cはほとんど検出されなかった(Fig. 2d)。このように,14CO2を添加した場合と14C-スクロースを添加した場合の14Cの分配量に違いが見られた部分はシンク能が低い部位に限られており,シンク能が高い部位への14Cの分配については14CO2を添加した場合も14C-スクロースを添加した場合も同様であることが示された。
3・4 輸送される14Cの化学形態
14CO2を添加した場合と14C-スクロースを添加した場合に考えられる14Cの輸送の違いは,14CO2からは光合成産物によって合成された14C-スクロース以外のものも輸送されることである。ダイズの葉から輸送される光合成産物の約90%はスクロースであるが,他のグルコースやフルクトース,アミノ酸なども輸送されていることが報告されている6, 7)。14C-スクロースを添加したイメージングプレートの結果では,添加した葉内で14Cが拡散している様子は見られなかった(Figs. 2, 3)。このことから外部から添加した14C-スクロースはそのまま師管に積み込まれて葉外へ運ばれていると予想される。テンサイでは様々な成長段階の葉に14C-スクロースを吸収させると,若いシンク葉では葉内で代謝され14Cはタンパク質などに取り込まれるが,成長に従って代謝される割合は減少し,最大展開した葉ではほとんどが14C-スクロースのままであることが報告されている23)。
今回,14CO2を添加した場合と14C-スクロースを添加した場合に見られた違いはシンク能が低い部分への14Cの分配割合であり,14C-スクロースを添加した方が高かった。液体シンチレーションカウンタでは測定した全ての部分で14Cが検出されたことから,スクロースは植物全体にある程度輸送されていて,シンク能が高い部分には特に多く運ばれていると考えられる。一方で,スクロース以外の輸送される光合成産物は量が少ないものの,スクロースよりも選択的にシンク能が高い部分へと運ばれており,14C-スクロースを添加した場合はスクロース以外の光合成産物が含まれないため,シンク能が低い部分で差が見られたのではないかと考えられる。最近ではスクロース自体がシグナルとして働くことが報告されており24),シンク以外へのスクロースの移動は十分に考えられる。
今後は体内に取り込まれた14CO2由来の師管液内の輸送物質と添加した14C-スクロース由来の師管液内の輸送物質の比較分析が望まれる。この解析が可能となれば,14Cの化学形態の違いによる輸送の違い(輸送体の有無や濃度勾配による拡散速度など)の研究にも繋がる。さらに,輸送先での代謝物に差があれば,違いを比較することにより糖代謝やシグナル伝達についての理解をより深めることができると期待される。