令和5年10月1日より「放射性同位元素等の規制に関する法律」施行規則第20条が改正され,表面汚染検査等に使用する放射線測定器については点検及び校正を1年毎に適切に組み合わせて行うことが規定された1)。校正は日本産業規格(JIS)で推奨された校正線源を用いて実施することが求められているが2),60Coや147Pm等の使用許可を得ている事業所は少ない。そこで,使用許可の不要な核種による簡易点検法の構築は,放射線測定器の信頼性確保に有用と考えられる。放射線管理が不要な核種として,市販試薬に含まれる天然放射性核種に着目した。市販試薬は入手が容易かつ同位体比率が高く,有用な簡易点検用線源になりうる3)。本研究では,種々の市販試薬に含まれる天然核種を放射線源とし,放射線の遮蔽特性や計数値の直線性に着目したサーベイメータの簡易点検法を提案する。
2・1 サーベイメータ
ラギットシンチレーション式サーベイメータとしてLUCREST TCS-1319H,Geiger-Müller(GM)計数管式サーベイメータとしてTGS-146B(ALOKA,東京)を各2台用いた。なお,各1台はJISに基づく校正点検後1年以内の計測器を用いた。
2・2 放射線源の作製
異なる化学形で40Kや87Rbを含有する複数の試薬を用いた。40K含有試薬としてリン酸二水素カリウム(KH2PO4, 9.33 Bq/g),臭化カリウム(KBr, 10.7 Bq/g),硝酸カリウム(KNO3, 12.6 Bq/g),硫酸カリウム(K2SO4, 14.6 Bq/g),塩化カリウム(KCl, 17.0 Bq/g)を用いた。また,87Rb含有試薬として臭化ルビジウム(RbBr, 464 Bq/g),硝酸ルビジウム(RbNO3, 519 Bq/g),硫酸ルビジウム(Rb2SO4, 573 Bq/g),塩化ルビジウム(RbCl, 632 Bq/g)を用いた。その他,酸化ルテチウム(Lu2O3, 176Lu, 45.0 Bq/g)と,バックグラウンド用試薬として放射性核種を含まない塩化ナトリウム(NaCl)を用いた。なお,これらは富士フィルム和光純薬(大阪)より特級試薬を入手した。さらに,同量のRbClとNaClを混合し,50% RbClを調製した。これらの試薬をミルにて破砕して均質化し,試料皿(内径50×厚さ6 mm,千代田テクノル,大阪)に充填して,試料表面を4 µm厚のポリエステルフィルム(ルミラー,東レ,東京)で覆い,放射線源を作製した。この他,日本アイソトープ協会より14C標準線源(3.83 kBq, 10×15 cm, Eckert&Ziegler)を入手した。
2・3 遮蔽試験による半価層の評価
2・2節でKClから作製した40K線源,RbClから作製した87Rb線源,176Lu線源及び14C標準線源を各サーベイメータのプローブ部と密着させて1分間計測した。さらにアルミニウム箔(密度:2.88 mg/cm2)またはアルミニウム板(62.0 mg/cm2)を適宜重ねてプローブとの間に挟み同様の計測を行った。密度範囲は14C及び87Rbで2.88–8.64 mg/cm2,176Luで11.5–34.5 mg/cm2,40Kで62.0–186 mg/cm2とした。得られた各密度における計数率の対数から傾き(Slope)を求め,半価層(D1/2)を算出した。
2・4 検出効率の評価
RbCl, Lu2O3,KClを5 cm幅のポリプロピレンテープ(Scotch,スリーエムジャパン)に吸着させて秤量した。これらの表面をポリエステルフィルムで保護し,検出効率評価用の線源とした。また,既報4)に従い14C面線源(367 Bq/cm2)をインクジェットプリンタで印刷した。線源を10 cm厚の鉛ブロック遮蔽材にて四方を囲い,校正済みのラギットシンチレーション式またはGM計数管式サーベイメータで10分間計測した。各試薬の計数率を試薬重量から求めた放射能(dpm)で除算して検出効率を求めた。また,メーカーが公表している各サーベイメータのエネルギー特性値5)をデータ抽出ツールWebPlotDigitizer(URL: https://automeris.io/WebPlotDigitizer/)を用いて数値化した。さらに,これらをPK/PD解析ソフトPhoenix WinNonlin®(version 8.4, CERTARA)でシグモイド関数にて解析し,核種のβ線最大エネルギー(Emax)と検出効率の関係式を導いた。
2・5 40K及び87Rbの直線性評価
2・2節で試薬から作製した40K線源(9.33–17.0 Bq/g)及び87Rb線源(316–632 Bq/g)を鉛製シールドボックス内でイメージングプレート(IP, BAS-MS 2025, FUJIFILM,東京)と24時間密着露光させた。その後,画像解析装置(Amersham Typhoon scanner IPシステム,Cytiva,東京)で輝尽発光値(PSL)を計測した。さらに,これらの線源をラギットシンチレーション式及びGM計数管式サーベイメータのプローブ部と密着させて3分間計測した。得られた計数値と線源の放射能濃度について直線性を評価した。
2・6 サーベイメータの簡易点検法の構築
2・2節で作製した9.33または17.0 Bq/gの40K線源,464または632 Bq/gの87Rb線源を校正済みサーベイメータのプローブ部と密着させて3分間計測を行った。また,17.0 Bq/gの40K線源と632 Bq/gの87Rb線源にはそれぞれアルミニウム板1枚(密度:62.0 mg/cm2),アルミニウム箔2枚(密度:5.76 mg/cm2)を用いて遮蔽試験を行った。さらに,計数値の変動係数と核種毎のD1/2,放射能濃度と計数値のSlopeについて評価した。これらを7回繰り返し,それぞれの変動係数を求めた。
3・1 遮蔽試験による半価層の評価
校正済みサーベイメータのプローブを14C線源と密着させた際の計数率はラギットシンチレーション式で355±5 cpmに対して,GM計数管式では1036±47 cpmであり相対的に高い値を示した。また,87Rb線源ではそれぞれ230±5, 386±12 cpmであり,14C線源と同様にGM計数管式で高い計数率を示した。一方,40Kではそれぞれ625±6, 654±8 cpmでありStudent’s t検定において有意な差は認められなかった。遮蔽試験では,いずれの核種においても設定した密度範囲で指数関数に従う放射線の減衰が認められた(R2>0.996)(Fig. 1)。なお,計数率の変動係数は7%未満であった。
さらに,核種固有のD1/2が算出され,87Rbでは校正済み(Calibrated)のラギットシンチレーション式サーベイメータで5.14±0.61 mg/cm2,GM計数管式では5.16±0.48 mg/cm2でありStudent’s t検定においてサーベイメータ間で有意差は認められなかった(Table 1)。さらに40KのD1/2はそれぞれ68.0±3.72, 67.0±4.73 mg/cm2と同等であった。また,14Cでも同様の結果であったが,176Luでは用いたサーベイメータ間にて異なるD1/2が得られた。
Table 1 Half-value layer of radionuclides |
3・2 検出効率の評価
14Cではラギットシンチレーション式サーベイメータ(0.053±0.001%)と比較してGM計数管式(0.159±0.001%)で約3倍の検出効率が得られた。また,87Rbではそれぞれ0.805±0.133, 2.11±0.182%とGM計数管式で約2.6倍であった。一方,40Kではそれぞれ55.4±4.26%と56.6±4.26%であり検出器による検出効率の差は認められなかった(Fig. 2)。これらの結果から,Emaxと検出効率についてシグモイド関数の関係式が導かれた(eq.(1))。
Eq.(1)のaは最大検出効率,bは最大検出効率の50%の検出効率を示すEmax, cはシグモイド係数を表す。サーベイメータ間でbの値が異なり,ラギットシンチレーション式(0.585±0.0002 MeV)と比較してGM計数管式(0.558±0.0003 MeV)では低値を示した。なお,これらの傾向はサーベイメータのエネルギー特性値でも同様であり,ラギットシンチレーション式と比較してGM計数管式ではbが低値を示した。
3・3 40K及び87Rbの直線性評価
40K及び87Rb線源からいずれも放射能濃度に比例したラジオルミノグラムが得られ,放射能濃度とPSLは決定係数0.991以上の高い相関性が認められた(Fig. 3)。また,検量線のSlopeの変動係数は1%未満,各線源の放射能濃度の真度は93–105%であった(data not shown)。
これらの線源をサーベイメータで計測して検量線を作製した。40K及び87Rbのいずれも放射能濃度と計数値の相関が認められた(Fig. 4)。
放射能濃度と計数値は決定係数0.988以上の相関性が認められた(Table 2)。さらに,Slopeの変動係数は3.9%未満であり,Fig. 3で示したラジオルミノグラフィ法による放射能濃度との直線性評価と同等の結果が確認された。また,40K検量線のSlopeは検出器によらず同等であったが,87Rb検量線ではGM計数管式のSlope(1.87±0.05)に対してラギットシンチレーション式では約59%まで低下した。
Table 2 Linearity of calibration curves for 40K and 87Rb radioactivity |
3・4 サーベイメータの簡易点検法の構築
40K及び87Rb線源を用いた3分間の計測を7回行った結果,各線源における計数値の変動係数は4%未満であった(Table 3)。
Table 3 Radiation counts, half-value layer, and linearity of radiation sources using 40K and 87Rb |
計数値から算出した40K及び87RbのD1/2はラギットシンチレーション式とGM計数管式サーベイメータで類似した値を示した。また,放射能濃度と計数値のSlopeは40Kでは検出器によらず同等であったが,87Rbではラギットシンチレーション式サーベイメータで低下した。なお,これらの結果はTable 1及び2に示したD1/2及びSlopeの2標準偏差内であった。
本研究では,市販試薬に含まれる天然放射性核種を用いた放射線測定器の点検法について検討した。本検討で用いた試薬に含まれる天然放射性核種はいずれも12.8億年以上と長い物理学的半減期を有しており,恒常的に放射線が放出される特性を利用した40Kの距離や遮蔽による放射線の減衰についての教育が報告されている6)。
遮蔽試験による放射能の減衰は指数関数式に従うことが知られており,密度検量線から算出されるD1/2は点検の評価指標として有用と考えられる。本検討で得られたD1/2は既報7)でラジオルミノグラフィ法にて報告されている値(40K: 69.8 mg/cm2, 87Rb: 5.50 mg/cm2)と同等であり,サーベイメータを用いた遮蔽試験においても信頼性の高いD1/2の算出が可能であった。特に,40Kと87Rbはβ−壊変の割合が89及び100%と高く,その他の放射性壊変の影響を受け難いことから測定器間でD1/2の誤差が少なく有用な点検用線源になりうる。一方,176Luでは検出器間で異なるD1/2が算出され,γ転移の影響が考えられた。これらの結果から,β線測定用サーベイメータの点検用線源には,β−壊変の割合が高くγ転移の寄与が少ない核種が適することが示唆された。また,核種のD1/2はβ線エネルギーと相関することが知られており8),遮蔽試験によって核種のβ線エネルギーに応じた計数率の減衰を検証可能である。一方,表面汚染測定器として蛍光作用を利用したシンチレーション式と電離作用を利用したGM計数管式サーベイメータが汎用されている9, 10)が,一般にGM計数管式と比較してシンチレーション式サーベイメータで低エネルギー核種の検出効率が低いことが知られている5, 11)。本検討からも検出原理が異なるサーベイメータ間で計数値を直接比較することは困難であることが示唆された。
さらに,40Kまたは87Rb含有試薬は分子量の異なる複数の試薬が容易に入手可能であることから,放射能濃度に応じたサーベイメータの計数値の変化を検証可能と考えられる。特級試薬の純度は98%以上であり,天然での放射性同位元素の存在比率から,容易に放射能濃度が算出可能である。ラジオルミノグラフィ法によって40K及び87Rb線源の設定濃度内における計数値の直線性が確認され,これらの点検用線源としての有用性が示唆された。さらに,サーベイメータでの計測において,ラジオルミノグラフィ法と同等の直線性と良好な再現性が確認され,BGの10倍以上の計数値が得られたことから本線源はサーベイメータの点検に使用可能な放射線エネルギーと放射能量を有すると考えられた。
点検法を構築するにあたり,基準範囲の設定が必要である。一般に,放射線測定の計数値は正規分布に従うとされており12),Table 3から本検討における計数値の変動係数は4%未満であった。理論上の標準偏差はRbClの遮蔽試験で得られた506 countsの平方根から22.5 counts,計数値の相対誤差は4.5%以下と見積もられ,確率分布に従う誤差以外の計数値への影響は少ないと考えられた。そこで,包含計数を2として基準範囲を設定した簡易点検を提案する。校正済みサーベイメータによる計測から得られたD1/2及び放射能濃度と計数値のSlopeは本基準範囲内に含まれており,基準範囲の設定は妥当と考えられる。
本法は同一試料の遮蔽による減衰,及び同一核種での放射能濃度と計数値の直線性について確認可能である。また,点検に要する時間は30分程度と比較的簡便に実施可能である。本点検法にて放射線測定器の信頼性確保が可能と考えられる。
天然核種を含有する市販試薬を利用した放射線測定器の点検法が見出された。市販試薬は放射線管理が不要であり,放射線管理区域外での点検が可能である。本法による放射線測定器の信頼性確保が期待される。
謝辞Acknowledgments
本研究に当たりご協力頂きました,兵庫医科大学薬学部の清水歌乃氏および松岡佳佑氏に感謝の意を表します。本研究はJSPS科研費JP22K02968, JP24K20186の助成を受けたものです。
著者貢献内容
栄井修平:研究の実施と解析,論文の作成
吉年勉:データの取得
藤野秀樹:研究の統括と実施,論文の推敲
利益相反の開示
本論文に関連し,著者全員について開示すべき利益相反(conflict of interest; COI)関係にある企業等はない。
引用文献References
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2) 磯部理央,古川未来,大野紗綾,進藤遼太,他,シンチレータ式簡易測定器の諸特性に関する基礎検討,日本放射線安全管理学会誌,22, 72–82 (2023)
3) 藤野秀樹,塩化カリウムを用いた密度測定及び放射線教育への利用について,ISOTOPE NEWS,722, 34–38 (2014)
4) 藤野秀樹,永田瑛偲,インクジェットプリンタを用いた14C面線源の作製とその応用,RADIOISOTOPES,71, 29–33 (2022)
5) アロカ株式会社,LUCREST TCS-1319H仕様書,https://www.aloka.co.jp/usersupport/catalog/pdf/AR-020.pdf (accessed July 12, 2024)
6) 河野孝央,塩化カリウム試薬で製作した放射線源を用いる分担測定法による高校生の放射線教育,RADIOISOTOPES,62, 639–648 (2013)
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8) 藤野秀樹,浦元沙和,小松理佳子,天然放射性核種を用いた放射線教育,RADIOISOTOPES,71, 23–28 (2022)
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11) 大塚 巌,サーベイメータの特性と使用法(1),RADIOISOTOPES,33, 247–256 (1984)
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