アスタチン(211At)を用いた標的アルファ線治療の臨床応用—前立腺癌に対するPSMA標的α線治療—Clinical Application of Targeted Alpha Therapy Using Astatine (211At) —PSMA Targeted Alpha Therapy for Prostate Cancer—
大阪大学大学院医学系研究科Graduate School of Medicine, Osaka University
アスタチンは天然に豊富に存在するビスマスを標的として,サイクロトロンで製造可能なα線放出核種である。我々は難治性前立腺癌の治療薬として,アスタチンを標識したPSMA(Prostate Specific Membrane Antigen)標的α線治療薬([211At]PSMA-5)の開発に成功した。担癌モデルマウスに[211At]PSMA-5(0.4 MBq)の単回投与を行ったところ,大変良好な抗腫瘍効果を認めた。その後,治験開始に必要な非臨床試験を完遂し,2024年6月より第1相医師主導治験(first in human試験)を開始した。また先行して実施中の難治甲状腺癌に対するアスタチン化ナトリウムを用いた第1相医師主導治験についても,予定していた11名の患者への投与を完了している。今後,他の癌種にも拡大できるように新たな標的を狙ったアスタチン標識薬の開発も進めており,アスタチン創薬が日本発の革新的な癌治療薬として世界に広まることを期待したい。
Astatine is an alpha-emitting radionuclide that can be produced using cyclotrons. We have successfully developed a PSMA-targeted alpha therapy agent labeled with astatine ([211At]PSMA-5) for the treatment of refractory prostate cancer. In tumor-bearing mouse models, a single administration of [211At]PSMA-5 (0.4 MBq) demonstrated excellent antitumor effects. In June 2024, we commenced a phase I investigator-initiated clinical trial (first-in-human). Furthermore, we completed planned dosing for 11 patients in an ongoing phase I investigator-initiated clinical trial using sodium astatide for refractory thyroid cancer. I hope that astatine-based drug discovery from Japan will become a groundbreaking cancer therapy in the world.
Key words: astatine; alpha rays; prostate cancer; prostate specific membrane antigen (PSMA)
© Japan Radioisotope Association 2025. This is an open access article distributed under the Creative Commons Attribution 4.0 International (CC BY 4.0) License (https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)© Japan Radioisotope Association 2025. This is an open access article distributed under the Creative Commons Attribution 4.0 International (CC BY 4.0) License (https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)
前立腺癌は世界的に増加傾向にあり,国内男性で新規罹患数の最も多い癌となっている。国立がん研究センターのがん情報サービスによると,2019年に国内で前立腺癌と診断された人は94,748人であり,年間12,759人の方が亡くなっている。前立腺癌には初期段階では手術,放射線治療,ホルモン療法などの様々な治療が実施されるが,こういった標準治療に抵抗性となり,多発転移を伴う場合は非常に予後不良である。強力な抗癌剤を用いた化学療法も実施されるが,副作用も多く,患者さんにとっては負担の大きな治療であり,治療を繰り返すうちに薬が効かなくなってしまうことも少なくない。
近年,狙った標的に結合する化合物に,標識する核種を変えることで,癌の診断から治療まで一貫して実施するセラノスティクス(theranostics)が注目を集めている。セラノスティクスは,therapeuticsとdiagnosticsを融合した造語であり,癌を標的とした画像診断と治療を一貫して実施する新たな医療技術である。核医学セラノスティクスではまず単一光子放射断層撮影(single photon emission computed tomography, SPECT),または陽電子放出断層撮影(positron emission tomography, PET)と呼ばれる画像診断検査で標的分子の発現を確認する。その後,標識核種を陽電子放出核種からα線またはβ線放出核種に切り替えることで,全身の病変に対して,標的アイソトープ治療(核医学治療)を行うという流れである。通常の放射線治療(外照射)が局所治療であるのに対して,核医学治療は抗癌剤のように多発転移に対する治療として実施可能である(Fig. 1)。
最近,世界で様々な標的を狙った新たなPET診断薬,核医学治療薬が次々に登場しており,日本国内でも神経内分泌腫瘍に対するルタテラ(177Lu-DOTATATE)や悪性褐色細胞腫・パラガングリオーマに対するライアット(131I-MIBG)が保険診療として実施されるようになり,実臨床への導入も進みつつある。特に前立腺特異的膜抗原(prostate specific membrane antigen, PSMA)を標的としたセラノスティクスは世界で爆発的な広がりを見せ,前立腺癌の診療に大きな変革をもたらした。本総説では前立腺癌におけるPSMAを標的としたα線治療を中心に詳しく解説したい。
前立腺癌の細胞膜には9割以上の高頻度でPSMAが発現している。PSMAは前立腺癌の原発巣及び転移巣のいずれにも発現し,特に転移巣で高発現する。PSMAを標的としたPET画像診断薬は大変良好な病変への集積性を有しており,従来のCTや骨シンチといった画像診断では再発・転移を同定できないような小さな病変であっても,明瞭に病変を検出することが可能である(Fig. 2)。
また,PSMAは病理学的悪性度(グリソンスコア)に相関して,発現が増加するほか,去勢抵抗性前立腺癌で発現が増強する。PSMAに特異的に結合してがん病巣内で放射線(α線・β線)を放出し,がん細胞死を誘導するリガンド(核医学治療薬)については当初からgame changerとして注目され,β線核種の177Lu(ルテチウム)で標識されたPSMA標的薬([177Lu]PSMA-617,商品名:Pluvicto)は既に欧米で承認されている。[177Lu]PSMA-617は標準治療に比べて,有意に生存期間を延長させることが国際第III相治験で示されており,転移を有する去勢抵抗性患者において大変有効な治療である1)。しかし,β線核種では十分な治療効果が得られない患者も少なくなく,より有効性の高い治療として,α線を用いた核医学治療に注目が集まっている。
α線は短い飛程で高いエネルギーを放出することから従来のβ線核種を用いた治療に不応性の患者であっても治療効果が期待できる。実際にPSMAを標的とした核医学治療においては,β線核種の177Lu標識PSMA標的治療では増悪した患者においても,α線核種のアクチニウム(225Ac)標識に切り替えたことで完全寛解に至ったことが報告されている2)(Fig. 3)。
このため,世界的にはアクチニウム(225Ac)を用いた治療薬の開発が盛んである。225Acは半減期10日のα線放出核種であり,デリバリーに適している。しかし,225Acの製造には希少RIであるラジウム(226Ra)が必要であることなどから,世界的に供給が限定されているのが現状である。
そこで,最近は他のα線核種に注目が集まってきている。アスタチン(211At)は半減期7.2時間のα線放出核種であり,加速器(中型サイクロトロン)を用いて,天然に豊富に存在するビスマス(209Bi)にαビームを照射することで製造可能である。β線治療用核種(131I,177Luなど)は医療用の原子炉での製造が必要であることから,日本国内では原則輸入に頼っているが,アスタチンは加速器を用いた国内製造が可能である。またアスタチンはヨウ素の同族元素であり,ヨウ素によく似た性質を示すことがわかっている3)。現在,大阪大学では難治性分化型甲状腺癌患者を対象に[211At]NaAtを用いた第I相医師主導治験を実施しており,これまでに11名の患者の投与を終え,経過観察を行っている(治験責任医師:渡部直史,jRCT2051210144)。
さらに大阪大学では2番手のシーズとして,アスタチン標識によるPSMA標的α線治療薬([211At]PSMA-5)の開発に成功した。担癌モデルマウスを用いて,[211At]PSMA-5(0.4 MBq)の単回投与を行ったところ,大変良好な抗腫瘍効果を認めた4)(Fig. 4)。また副作用についても,独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)相談で合意した内容で非臨床安全性試験(拡張型単回投与毒性試験)を実施し,げっ歯類において,35 MBq/kgまでの用量において重篤な副作用は観察されなかった。211Atは化合物から遊離しやすいとも言われているが,本化合物については比較的安定であり,投与24時間後に甲状腺や胃に多少の集積を認めるものの,高用量の投与においても,病理組織学的に問題となるような異常所見を認めないことも確認した5)。さらにカニクイザルを用いた安全性試験・薬物動態試験も実施し,臨床応用にあたっての体内分布および毒性が問題のない範囲であることを確認した5)。
医師主導治験を実施するためには治験薬をgood manufacturing practice(GMP)基準で安定的に信頼性の高い環境で製造を行う必要がある。阪大病院核医学診療科内にはアスタチン自動分離精製装置,標識合成装置が設置されており,これまでアスタチン化ナトリウムを用いた医師主導治験を行ってきた。今回,大阪大学 核物理研究センター,または理化学研究所 仁科加速器科学研究センターから原料としてアスタチン(Biターゲット)を搬入し,6ロット試験(各施設より連続して3ロットを製造)を実施し,いずれの施設から搬入した場合においても,安定して治験薬をGMP基準で製造できることを確認した(Fig. 5)。
[211At]PSMA-5については,AMED橋渡し研究(シーズF)において,大阪大学発ベンチャーのアルファフュージョン社と共に医師主導治験(Phase-I)の準備を完了させ,2024年4月に治験審査委員会の承認を得て,PMDAに治験届を提出した(治験責任医師:渡部直史,jRCT2051240038)。その後,6月に世界初となる1例目への投与(first in human試験)を行った。2024年11月時点で3名の被験者への投与を既に行っている。引き続き被験者のエントリーを続け,安全性ならびに有効性の評価を行っていく予定である。
大阪大学では多くの癌に発現しているL型アミノ酸トランスポーター1(LAT1)を標的とした211At標識アミノ酸誘導体(211At-Phenylalanine,211At-α-methyl-L-tyrosine)の標識合成に成功し,代表的な難治性癌である脳腫瘍ならびに膵臓癌モデルにおいて,高い治療効果を確認している6, 7)。LAT1は正常臓器での発現がほとんどないため,副作用の少ない癌種横断的な治療となることが期待される。さらにLAT1同様に多くの癌組織内の癌関連線維芽細胞に発現する線維芽細胞活性化タンパク質(fibroblast activation protein, FAP)を標的とした225Ac/211At標識FAPI化合物も開発しており,現在,化合物の最適化を行っている8, 9)。
さらに,アスタチンの供給についても,大阪大学核物理研究センター内にα線核医学治療社会実装拠点(TATサイクロトロン棟)が完成し,今後,住友重機械工業社製の専用加速器が設置され,211Atの大量製造が予定されている(Fig. 6)。本拠点からの供給が開始されれば,多施設での治験が格段に進めやすくなり,211At標識薬の承認に向けた動きがさらに加速することは間違いない。
また国内外でアスタチンの製造から標識合成,非臨床・臨床評価までを一貫して,実施するためのネットワークとして,世界アスタチンコミュニティ(WAC)や日本アスタチンコミュニティ(JAC)も立ち上がった。今後,WACならびにJACがアスタチン創薬の世界での実用化に向けたハブとなってくれることに期待したい。
海外ではアカデミアだけでなく,大手製薬を含む様々な企業がセラノスティクスの分野に次々と参入しており,α線標的治療を含む同分野はさらに発展を続け,実臨床の中での適応が増えていくことは確実である。一方で,セラノスティクスをさらに発展させていくためには,さらなる人材育成を推進し,十分な使用量を確保するために規制面での柔軟な対応を働きかけていく必要がある。
アスタチンを用いた核医学治療についても実臨床に向けては乗り越えるべき課題も残されているが,まずは医師主導治験でアスタチン標識薬の有効性・安全性を明らかにすることが必要である。将来的にはアスタチン創薬が日本発の革新的な癌治療薬として世界中の患者さんに使われるようになることを期待している。
大阪大学でのアスタチンを用いた医師主導治験の準備ならびに実施にあたっては,大阪大学放射線科学基盤機構・理学研究科の先生方,医学系研究科の関連教室(糖尿病・内分泌代謝内科,泌尿器科)の先生方,大阪大学医学部附属病院未来医療開発部のスタッフ,理化学研究所,ドイツデュッセルドルフ大学の関係者に大変お世話になっており,心より感謝を申し上げたい。
*本稿は,2024年日本アイソトープ協会奨励賞の受賞内容です.
著者の渡部直史は連携企業のアルファフュージョン社から共同研究費を受け取っている。
1) Sartor, O., Morris, M. J. and Kraus, B. J., Lutetium-177-PSMA-617 for prostate cancer. reply, N. Engl. J. Med., 385, 2495–2496 (2021)
2) Kratochwil, C., Bruchertseifer, F., Giesel, F. L., Weis, M., et al., 225Ac-PSMA-617 for PSMA-targeted alpha-radiation therapy of metastatic castration-resistant prostate cancer, J. Nucl. Med., 57, 1941–1944 (2016)
3) Watabe, T., Kaneda-Nakashima, K., Liu, Y., Shirakami, Y., et al., Enhancement of 211At uptake via the sodium iodide symporter by the addition of ascorbic acid in targeted alpha-therapy of thyroid cancer, J. Nucl. Med., 60, 1301–1307 (2019)
4) Watabe, T., Kaneda-Nakashima, K., Shirakami, Y., Kadonaga, Y., et al., Targeted alpha-therapy using astatine (211At)-labeled PSMA1, 5, and 6: A preclinical evaluation as a novel compound, Eur. J. Nucl. Med. Mol. Imaging, 50, 849–858 (2023)
5) Watabe, T., Kaneda-Nakashima, K., Kadonaga, Y., Ooe, K., et al., Preclinical evaluation of biodistribution and toxicity of [211At]PSMA-5 in mice and primates for the targeted alpha therapy against prostate cancer, Int. J. Mol. Sci., 25, 5667 (2024)
6) Watabe, T., Kaneda-Nakashima, K., Shirakami, Y., Liu, Y., et al., Targeted alpha therapy using astatine (211At)-labeled phenylalanine: A preclinical study in glioma bearing mice, Oncotarget, 11, 1388–1398 (2020)
7) Kaneda-Nakashima, K., Zhang, Z., Manabe, Y., Shimoyama, A., et al., alpha-Emitting cancer therapy using 211At-AAMT targeting LAT1, Cancer Sci., 112, 1132–1140 (2021)
8) Watabe, T., Liu, Y., Kaneda-Nakashima, K., Shirakami, Y., et al., Theranostics targeting fibroblast activation protein in the tumor stroma: 64Cu- and 225Ac-labeled FAPI-04 in pancreatic cancer xenograft mouse models, J. Nucl. Med., 61, 563–569 (2020)
9) Aso, A., Nabetani, H., Matsuura, Y., Kadonaga, Y., et al., Evaluation of astatine-211-labeled Fibroblast Activation Protein Inhibitor (FAPI): Comparison of different linkers with polyethylene glycol and piperazine, Int. J. Mol. Sci., 24, 8701 (2023)
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