RADIOISOTOPES

Online ISSN: 1884-4111 Print ISSN: 0033-8303
RADIOISOTOPESは日本アイソトープ協会が発行する学術論文誌です
Radioisotopes 74(1): 73-86 (2025)
doi:10.3769/radioisotopes.740111

資料Materials (Data)

リスクコミュニケーションの成立の社会的背景と原子力・放射線分野への適用Risk Communication: Social Background and Application to Public Relations on Nuclear and Radiation

1日本アイソトープ協会Japan Radioisotope Association

2北海道大学Hokkaido University

3農業・食品産業技術総合研究機構National Agriculture and Food Research Organization

4高エネルギー加速器研究機構High Energy Accelerator Research Organization

5東京大学University of Tokyo

受付日:2024年9月25日Received: September 25, 2024
受理日:2024年11月19日Accepted: November 19, 2024
発行日:2025年3月15日Published: March 15, 2025
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原子力・放射線分野におけるリスクコミュニケーションに携わってきた専門家の経験に基づき,当該分野のリスクコミュニケーションに関する重要な知見を整理した。それらの知見の背景となる既往研究について解説することで,当該分野におけるリスクコミュニケーションを検討する際に参照できる資料を作成した。

This paper summarizes fundamental concepts on risk communication in nuclear and radiation fields based on the experiences of experts who have engaged in risk communication in those fields. Previous studies and background information on risk communication are noted for further understanding.

Key words: risk communication; Fukushima Daiichi Nuclear Power Station Accident; decontaminated soil; decommissioning

1. 緒論

我が国には,高レベル放射性廃棄物の最終処分地の選定,福島第一原子力発電所事故からの復旧・復興,原子力発電所の再稼働など原子力・放射線に関連する社会的な課題が多数存在する。これらの社会的な課題に対して,被ばくやコストなど様々な観点におけるリスクを偏在させない形で取り組むためには,国や事業者による判断だけではなく,一般市民を含めた議論の上で課題解決に向けた方針を決定していくことが重要である。原子力や放射線に親しみがない一般市民を含めた形で建設的な議論を進めるためには,議論を実施する前の段階で専門家により知識やリスクについて適切に周知された上で相互に意見交換がなされる必要がある。このような活動はリスクコミュニケーションと呼ばれ,米国国家調査諮問機関1)は,「個人,集団,組織間でのリスクに関する情報および意見の相互交換プロセス」と定義づけている。

本報の目的は,原子力・放射線分野におけるリスクコミュニケーションを検討する際に参照すべき知見とデータを整理し,資料として活用できるようにすることである。参照すべき知見として,2024年3月31日に慶応義塾大学三田キャンパスにて開催された特定非営利活動法人放射線安全フォーラム主催の市民公開講座「むずかしいことを語り合うために~放射線のリスクを例として~」における講演内容に基づき,当該分野におけるリスクコミュニケーションの経験を有する3名の専門家の活動の概要と活動を通して得た洞察について記載する。当該分野における参照すべきデータの整理として,講演内容および議論の中で登場した事例や語句の背景となる既往研究を整理して提示する。その上で,今後の我が国において若い世代が原子力・放射線分野のリスクコミュニケーションに積極的に関与していく雰囲気を醸成するために,専門家が果たすべき役割について考察する。

2. 市民公開講座の概要

市民公開講座「むずかしいことを語り合うために~放射線のリスクを例として~」は緒論に記した日時・場所で参加費無料,Zoom Webinarでも参加可能なハイブリッド方式で開催した(Fig. 1)。本講座の目的は,答えなき社会の課題に取り組む際に必要となる専門家と一般市民の間の放射線リスクに係わる対話について,対話の現場に携わってきた専門家の講演を通してリスクコミュニケーションについて知る場を提供することである。そして,高レベル放射性廃棄物の最終処分や福島の復旧・復興,原子力発電所の再稼働などの社会的な課題に長期的に取り組んでいくことになる若い世代に対して,リスクコミュニケーションにおける情報の発信側および受け手側として課題解決に主体的に関与することを促す内容となることを目指す。上記の目的を意識し,本講座の対象者は放射線分野を専門としない一般の方として,講演内容は専門知識がなくとも理解できるように工夫した。

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Fig. 1 市民公開講座の様子(Color online)

放射線教育フォーラムの副理事長である飯本武志(東京大学)と企画委員の三輪一爾(公益社団法人日本アイソトープ協会)が本講座の企画を立案した。講演は以下の3件である。

  • 講演1 リスクについての対話とは?いくつかの事例から 講師:竹田宜人(北海道大学)
  • 講演2 東日本大震災からこれまで(放射性物質汚染からの環境回復と今後の課題) 講師:万福裕造(農業・食品産業技術総合研究機構)
  • 講演3 放射線事業所廃止の際の事例紹介 講師:桝本和義(高エネルギー加速器研究機構放射線科学センター)

講演1はリスクコミュニケーションが成立した歴史的な背景を含めたいわばリスクコミュニケーション概論である。まず概論を把握した上で,講演2, 3で実際に社会の中で原子力・放射線分野のリスクコミュニケーションを実施した事例を紹介することで,学問としてのリスクコミュニケーションの中での各事例の位置づけや解釈を理解できるようにした。事例としては,講演2で我が国の現在の課題としての福島第一原子力発電所事故後の復旧復興に向けたリスクコミュニケーションについて紹介し,講演3でリスクコミュニケーションが社会に普及していない時代に放射線事業所廃止に関するリスクを住民と話し合った事例について紹介した。時代背景が異なる二つの事例により,我が国における原子力・放射線分野のリスクに対する時代による社会の反応の違いや,時代が異なってもリスクコミュニケーションをするうえで共通する重要なポイントを検討できるようにした。

進行および討論における座長を三輪が務めた。参加者は事前申し込みが95件あり,その年齢層は20歳代が5人,30歳代が8人,40歳代が6人,50歳代が20人,60歳以上が52人,無回答が4人であった。

3. 市民公開講座における各講演内容

市民公開講座の講演内容を講師毎に以下に示す。文中で(※番号)を付した部分については4章にてその背景や根拠を解説する。

3・1 講演1「リスクについての対話とは?いくつかの事例から」(講師:竹田宜人)

リスクやリスクコミュニケーションという概念が成立した理由を歴史的背景から理解できるように,以下の6つのポイントについて説明した。

ポイント1 リスクの特質は「将来予測における不確実性」

リスク(※1)とは,一般的に,将来,好ましくない出来事が起こる確率とその大きさから定義される。現在の科学では,一部の自然現象(天体の運行など)を除いて,正確に将来を予測することはできない。これを不確実性という。不確実性は対象とする現象によって異なる。例えば,天気予報では,ある場所の気象現象について,時期や規模(風速や降雨量などの)情報を発生確率とともに予測できるが,地震予知はその段階まで至っていない。よって,科学的根拠と称しても,リスクとは常にあいまいさを含む概念として理解すべきである。

ポイント2 公害問題,化学物質に係る事故が背景

そのようなリスクを社会で管理するための枠組みとして,リスクガバナンス(※2)がある。これは,1980年代以降,整理されたものであるが,その背景には公害問題がある。アメリカでは1940年代以降の土壌汚染,わが国では戦前からの鉱害,1950年代以降の公害など,今も環境汚染問題として,継続する社会的課題である。法整備が不十分な時代においては,原因物質や原因企業の特定が為されるまで対策が行われないことがあり,水俣病など,公害病の拡大の要因の一つと言われている。その反省として「完全な科学的確実性の欠如が,環境悪化を防止するための費用対効果の大きな対策を延期する理由として使われてはならない。」とするリオ宣言(1992)(※3)が為され,不確実性を織り込んだ対策の重要性が共有された。さらに,同時期には,ボパール事故(1984)(※4)のような,化学工場の大きな事故もあり,地方政府や地域住民が地域のリスクとして工場で使用している化学物質の情報を共有することの重要性も指摘されるようになった。2000年代になって,化学物質管理促進法や化学物質審査規制法などのリスクベースの化学物質管理制度が世界共通の認識のもと導入されることによって,リスクコミュニケーションは一つの技術として,実践されるようになる。

ポイント3 リスク評価の性質

化学物質のリスク評価は,人々の体内に取り入れられる量(暴露量)と毒性が発現する量(毒性値)の比較で行われる。ただし,種差,性差,個人差などの幅が想定されており,同じ暴露量であっても,全ての人において同じ症状が発現するとは限らない。人が対策を必要と思う事案の発生確率は10万分の1程度と言われる。ただし,人によっては,自分がその“一人”になること,その“一人”が家族や知人であることを不安に感ずる場合がある。リスクが確率で表現される以上,人々を同じ情報で同じ行動を取らせるのは不可能であり,後述のとおり,その意図は民主的ではない。

ポイント4 将来に向けた懸念は人それぞれの価値観や大切にするものによって異なる(健康,財産,自然環境など様々)

人々がリスクをどのように理解するか(リスク認知)についても,平行して研究が進展し,客観的リスクと主観的リスク(※5),専門家と一般市民のリスク認知の違いなどが,リスクパーセプション(※6)として多くの知見が報告されるようになる。また,実践経験が増えるにつれ,事業者,行政,研究者などの情報を持つ側と市民,住民間の対話の難しさが課題となる。それは,事業を実施する側はその事業の安全性の周知や実施への理解を目的とするが,多くのステークホルダーは個々人の価値観や生活を背景に多様な思いを持つからである。そのような背景のもと,一方向だけの説明ではなく,対話による共考や協働,巻き込みなどの双方向性が求められるようになる。

ポイント5 リスクガバナンスの構造

そのようなリスクを管理するために提案されたのがリスクガバナンスの概念である。リスクを管理するためには,Fig. 2(Renn et al., 20052)を参考に文部科学省が作成)にあるリスク評価による科学的根拠とステークホルダーの多様な価値観による関心事を踏まえつつ,リスク管理の在り方を調整する場として対話が中心に位置付けられている。下に受容性を位置付けているのは,リスクが小さいとしても社会的に受け入れられず対策が求められている場合,リスクが大きくとも利便性から規制が緩くなるものなど,リスク管理の手法選択には社会や個人の意思が反映されるためである。その構造は民主的であり,ある一つの価値観や科学的知見に基づく意思決定を目指すものではないことが伺われる。

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Fig. 2 リスクガバナンスの概念図(Color online)

ポイント6 制度的に求められるリスクコミュニケーション 地層処分,土壌汚染

公害問題やNIMBY(迷惑施設)(※7)の立地において,住民と行政,事業者の軋轢や対立が繰り返されてきたことは先に述べた通りである。その中で数多くの対話が行われてきたが,一方向の説明や価値観や知識の押し付けの時代が長らく続いていた。リスクコミュニケーションが制度的に位置づけられたのは,今世紀に入って,食品安全衛生法や化学物質管理促進法など,人の健康被害を防止するために,環境や食品中の化学物質の管理を目的とした法律においてである。その後,土壌汚染や高レベル放射性廃棄物の地層処分,感染症対策などの分野においても,管理制度に組み込まれ,リスクコミュニケーションは多くの経験と知見を得たところである。

しかし,インターネットを基盤とした社会への移行に伴い,私たちは多くの情報を短時間に入手できるようになり,情報の公開性には格段の進歩を見ている。しかし,ネット社会における情報伝達の特質(空間の広がり,表現や発表の自由,フィルターバブルなど技術的な特徴)により,リスクコミュニケーションも少なからず影響を受けている。例えば,リスクコミュニケーションの対象であるステークホルダーの拡大やメディアの多様化は好ましいことであるが,今までより増して,倫理や人権等への配慮が必要とされるようになっている。

リスクコミュニケーションは,自らの意思で自らの行動を決定することやだれもが意思決定に参加することができる民主主義の根幹に関係する重要な概念である。繰り返しになるが,一つの価値観や知識に基づいて,人々の行動を方向付けることではない。

リスクやリスクコミュニケーションという概念が成立した理由を歴史的背景から理解することは民主主義との係わりやその重要性への気づきに繋がっていくと考えている。

3・2 講演2「東日本大震災からこれまで(放射性物質汚染からの環境回復と今後の課題)」(講師:万福裕造)

(1)事故の発生と避難指示

平成23年3月11日,東京電力福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」)および福島第二原子力発電所は,東日本大震災と津波により被災し,広範囲に影響を及ぼす重大な原子力事故が発生し,福島第一原発は大量の放射性物質を放出した3)。地震の規模はマグニチュード9.0,家屋全壊約12万棟,半壊・破損約100万棟にのぼった4)。このような状況に対し,内閣総理大臣は「原子力災害対策特別措置法」に基づき原子力緊急事態宣言し,原子力災害対策本部を設置した。平成23年3月14日の福島第一原発3号機の水素爆発などを受け,平成23年3月15日には福島県知事及び関係自治体に対し,同原子力発電所から半径20 km以上30 km圏内の居住者等に対して屋内への退避を行うことを指示した。

(2)住民の避難

これらの結果,警戒区域では緊急的な全住民避難が,緊急時避難準備区域でもほとんどすべての住民の避難が,計画的避難区域では準備期間はあったもののほぼ全住民の避難が行われ(ただし,避難により生じる不利益を考慮し,線量低減措置を行って特例的に避難を回避した施設等がある),特定避難勧奨地点では,設定された住居の住民の避難が行われた。また,南相馬市では,国の避難指示対象地域に加え,半径30 km以遠の地域でも住民に避難が促され,多くの住民が避難した。また,これらの避難地域に隣接する地域などでは,自主的に避難する住民も多く見られた。

(3)除染事業の実施(除染特別地域における除染)

環境省は,平成24年1月の放射性物質汚染対処特別措置法の施行を受け,また,避難指示区域見直しの考え方も踏まえ,「除染特別地域における除染の方針(除染ロードマップ)」を発表し,除染特別地域における除染の方針として,モデル実証事業・先行除染・面的除染という流れや,避難指示区域ごとの工程などを示した。また,避難指示解除は住民の帰還・生活の再建を目標としていることから,生活インフラの整備や役場機能の復帰なども併せて進められることとなった。

自衛隊による拠点の除染に続き,環境省は平成24年1月から,除染活動の拠点となる施設(役場,公民館など),除染地域へのアクセス道路,および除染に必要な水などを供給するインフラ施設を対象に先行除染を実施した。除染ロードマップを踏まえ,平成24年4月には田村市・楢葉町・川内村・南相馬市において当該市町村と協力して,除染実施計画を策定し,7月に田村市,楢葉町,川内村において面的除染を開始した。他の除染特別地域の市町村においても,順次,除染実施計画を策定し,面的除染を開始した。大規模な面的除染の開始に伴い,大量の作業員の確保,大量の作業員に対する労働安全・除染作業教育による質の確保や短期間に大量の事業を各市町村で同時並行にて実施するという,非常に困難な事業となった。さらに,仮置場の確保と除染実施前の地権者等の関係人の同意の取得(※8)が,事業の進捗に大きな影響を与えた。

(4)面的除染の完了に向けての取組と避難指示の解除

除染が順次進められ進捗していった。これらの進捗を背景に,「復興・創生期間」における東日本大震災からの復興の基本方針(平成28年3月11日閣議決定)においても,国直轄・市町村除染の実施対象である全ての地域で平成29年3月までに除染実施計画に基づく面的除染を完了することとされた。除染実施計画に基づく面的除染のうち,除染特別地域における国直轄の除染は,平成26年3月までに田村市,楢葉町,川内村,大熊町で完了し,平成27年12月には葛尾村,川俣町,平成28年3月には双葉町,同年12月には飯舘村,平成29年1月には富岡町,そして同年3月末には浪江町および南相馬市で完了した。結果として,11市町村すべてで面的除染が完了した。面的除染完了後については,効果の維持確認のための詳細な事後モニタリングを行い,除染効果が維持されていない箇所が確認された場合には,個々の現場の状況に応じてフォローアップの除染を実施することとし,環境省は,平成27年12月に「フォローアップ除染の考え方」を公表し,フォローアップ除染を実施している。

(5)除去土壌等の大量発生と中間貯蔵施設

約6年の期間を要して,帰還困難区域を除く,避難指示解除準備区域・居住制限区域において面的除染を完了した。筆者が震災直後に派遣された飯舘村では農地除染として主に表土削り取りが実施され,約200万m3の除去土壌が発生,村内96箇所の仮置場に保管した。除去土壌は,平成28年度より中間貯蔵施設への輸送を開始し,福島県全域で約1,400万m3が中間貯蔵施設へ運搬・保管されている。中間貯蔵施設に保管後,「福島復興再生基本方針」において,「中間貯蔵開始後30年以内に,福島県外で最終処分を完了するために必要な措置を講ずる(※9)」旨が国の責務として記され,2045年までに福島県外での最終処分を完了させることが法律で定められている。一方,全量をそのまま最終処分することは,必要な規模の最終処分場の確保等の観点から実現性が乏しいとされる意見もある。実際に中間貯蔵施設に行くと,その膨大な面積と量に圧倒され,その責を次の世代へ先送りすることの問題意識が湧き上がってくる。

環境省は「中間貯蔵除去土壌等の減容・再生利用技術開発戦略検討会」を開催し,「再生資材化した除去土壌の安全な利用に係る基本的考え方を取りまとめた。「再生利用」とは,利用先を管理主体や責任体制が明確である公共事業等に限定し,人為的な形質変更が想定されない盛土材等の構造基盤の上に,覆土等の遮へい,飛散・流出の防止,記録の作成・保管等の適切な管理の下で,限定的な利用を行うことであり,実証的な検討が行われている。最終処分と再生利用は同じベクトルのものと判断されると認識し,減容・再生利用に関する技術開発をより一層推進すると共に,安全性の確保・地元の理解を得て,最終処分と再生利用の仕組みを構築していくことが必要である。

(6)実証事業と対話・協働

環境省は,南相馬市と飯舘村で除去土壌の再生利用に関する実証事業を実施した。これらの実証事業は,実証試験を受け入れた住民の理解と協力によるところが非常に大きい。除染により発生した土壌は分別などの処理を経て再生利用できる状態に調整されているが,放射性物質を含有している事実に変わりはない。これらの安全性に対しては,科学的知見が集積されているが,その内容を理解するには専門的な知識を要する。一般的に理解し難い放射性物質に対する説明には極めて長期間の話し合いが必要である。説明を受ける側の精神的な負担が大きい一方,説明する側の精神的な負担も少なくない(※10)。

再生利用の実証試験において,安全性に関する科学的な検証は重要な要素である。しかし,30年以内の県外最終処分は全国民的な問題であり,正確な情報発信が極めて重要である。ホームページでの紹介や個別の説明会だけでは情報の伝達範囲が限られ,全国民的な議論には至らない。科学的知見の蓄積があっても,安全の判断は個人の価値観や感覚に依拠する部分が大きく,特に放射能の問題は,安全と安心を同時に考える必要がある。専門家による丁寧でわかりやすい説明,その人の立場に寄り添ってはじめて理解される不安など,相互理解の展開が求められる。

30年以内の県外移設に関して,我々専門家はこの問題を次世代に先送りしてはならない。自分自身の問題として捉え,全国民的なボトムアップの情報共有と情報発信に努める必要がある。次世代の人材育成も重要である。福島に残されている課題を分野横断的に取り組むべきと提案したい。

3・3 講演3「放射線事業所廃止の際の事例紹介」(講師:桝本和義)

原子核・素粒子・宇宙線の研究を目的として1955年に東京都田無町(現西東京市)に設立された東京大学原子核研究所(核研)は,1997年に全ての施設を田無キャンパスから移転することになった。核研は高エネルギー物理学研究所,東京大学理学部附属中間子科学研究センターとともに高エネルギー加速器研究機構(KEK)となり茨城県つくば市へ移転し,田無キャンパス内の東京大学宇宙線研究所,東京大学物性研究所軌道放射研究施設は千葉県柏市の柏キャンパスへ,理学部附属原子核研究センター(CNS)は埼玉県和光市の理化学研究所へ研究拠点を移すことになった。これまでにこのような大規模な加速器施設の改廃事例はなく,想定される課題と対策の検討を進めた。廃止工事は1999年秋から開始され,2001年に完了した(※11)。古い話になるが,その概要と,その際に対外的な対応等で経験してきたことを紹介したい。

(1)施設の概要

研究所に設置されていた放射線関連施設は以下のようなものである。

  1. (i)放射線発生装置
    1. KEK:1.3 GeV電子シンクロトロン,RIビーム加速用直線加速装置,シンクロトロン(TARN II)
    2. CNS:SFサイクロトロン,直線加速装置(TALL)
    3. 物性研:軌道放射研究施設シンクロトロン(SOR-RING)
  2. (ii)RI施設
    1. KEK:RI実験室,空芯β線実験室,保管廃棄設備

(2)検討課題

廃止工事を行うにあたって,以下のような事項について事前検討を行った。

  1. (i)組織
    1. 放射線安全管理体制:KEK,東大
    2. 物品管理(薬品廃棄,核原料物質等の譲渡)
    3. 外部との連絡通報:周辺住民,田無市(警察,学校),保谷市(消防,下水道)
  2. (ii)加速器施設
    1. 放射化物取扱マニュアル整備
    2. 廃止直前までの共同利用実験対応(RIビーム加速,TARN II,空芯β線利用に関する変更申請)
    3. 大量の重量物や精密機器の撤去手順と譲渡による有効活用
    4. 各加速器の解体–輸送工程の調整,安全対策,作業者教育
    5. 建屋の放射化測定と除染工法検討
  3. (iii)RI施設
    1. α放射体を含む廃棄物取扱
    2. 252Cf汚染焼却炉撤去
    3. 密封線源の譲渡

(3)対外対応

  1. (i)田無市役所,田無警察署,保谷市役所,谷戸小学校,田無病院そして近隣の住民などを訪問し,移転計画を説明することから始めた。
  2. (ii)住民説明会は半径500 m(約6000所帯)に案内を配布して,以下の5回開催した。
    1. 1999年8月1日住民説明会(移転計画)
    2. 2000年8月20日説明会(加速器施設等の片づけ,建屋解体撤去工事の進捗報告)
    3. 2000年9月10日説明会(RI実験室の管理区域外の使用されていない一般排水の排水桝及び排水管並びにその下の土壌から微量の137Csを検出)
    4. 2000年10月22日住民説明(RI実験室の床下土壌からトリチウムを検出)
    5. 2001年2月25日住民説明会(RI除染報告,有害物質に関する土壌調査,建物解体工事)
  3. (iii)第1回の住民説明会のあと,数名の住民の方々が,尋ねてこられた。「何か隠しているのではないか?汚染物を過去に埋めたとの話がある。今日はデータを見せて欲しい。」といった話が出た。住民の思いを知ることが重要であり,貴重な機会と受け止め,「どこが疑問か?不安か?不満か?」等お話を伺うとともに,こちらの知っていることや考え方を紹介した。データは隠すことはなく,全てのファイルについて内容を説明する所存であることを述べた。小一時間の話の中で,「データはもういい,頑張ってやれ」と言って帰られた。私が安心して任せられるかを知りたかったのではないかと感じた。

(4)想定外の事態の発生と対処

約1年で全ての加速器施設の解体,撤去が終了し,最も容易と思われたRI実験室の廃止に取り掛かったところ,以下のような事態が発生した。

  1. (i)RI施設管理区域外での137Csの汚染の検出

管理区域外の土管の継ぎ目,吸い込みから土壌への沈着が長期間生じ,数Bq/gの土壌汚染が発生していたことが2000年8月18日に判明した。排水記録から,貯留槽からの排水時には濃度限度以下であることを確認できたが,設立当時は下水道設備がなかったことが広範囲の沈着の原因となったものである。直ちに施設安全管理委員会だけでなく,田無市,科学技術庁へ報告した。8月20日の住民説明会では汚染状況を調査中であることを報告した。8月末までに廃棄物量,除染予算の見積りを進め,東大,アイソトープ協会(JRIA)との打合せを行った。また,9月初めに田無市役所,科学技術庁,文科省へ状況報告を行った。

その頃,写真週刊誌が情報収集しているとの住民からの知らせを受けた。住民は当方を信頼しているし応援するとのことであった。同誌記者との面会を行い,経緯を報告した。会見中に,ヘリコプターで現地の撮影をされているとの電話連絡を受けた旨伝えると,記者は状況は良く理解できたが,大変な除染工事であり,航空写真を撮った以上,記事にするとのことであった。9月12日発行の記事には「施設から報告を受けながら,一般に公表しようとしない科学技術庁の鈍感」という書きっぷりであった。記事発行前の9月10日の住民説明会では経過報告を行い,現状の理解を得ることができた。10月17日に除染工事が終了した。

  1. (ii)RI施設内でのトリチウム汚染の検出

所持していた密封線源の譲渡が完了し,貯蔵庫内の汚染の除去作業を行い,室内の最終汚染検査を開始したところ,2000年9月26日トリチウムの汚染が認められた。貯蔵ピット内の除染工事によって,コンクリートに浸透していたトリチウムが工事によって拡散したものであることが分かった。トリチウム汚染の原因は,共同利用者が共同利用実験のためにウラン吸蔵のトリチウム線源を持ち込んで,その都度貯蔵庫に保管していた際にトリチウムが漏えいした事が分かった。10月5日から実験室内外の土壌汚染状況をボーリング調査し,10月12日および20日に田無市,科学技術庁に結果を報告した。その後,対外的には10月22日に住民説明会において現状と除染計画案を報告,10月30日にJRIAと廃棄物搬入について打合せ,11月上旬田無市市議会への状況説明,11月9日周辺住民へ除染計画の説明資料を配布,11月14日除染工事開始,11月30日谷戸小PTAへの説明会を行った。工事では,RI実験室の貯蔵室等の建屋を解体し,テントハウスを設営して地下6 mまでの土壌検査と汚染土壌の除去を行い,2001年2月14日に完了した。2月20日に科学技術庁,2月23日に西東京市へ報告後,2月25日に住民説明会において,トリチウム除染終了報告と,建屋解体,更地化手順,敷地内の有害物質検査と除染計画,最終放射能検査,建屋解体,更地化手順について説明した。

2001年3月31日付で廃止届を行い,4月に廃止報告書を提出した。その後,更地となった。西東京市によっても土壌調査が行われ放射性物質の汚染のないことが確認され,市議会に最終報告を行った。

(5)跡地利用

田無,保谷市の合併記念として,2005年「西東京いこいの森公園」となった。公園に核研跡地の記念碑を設置した際に,住民の方が来られて「以前は,守衛さんがいて,夜も研究室に電気がついていたが,今は,騒がしく,物騒。夜間は国道からの交通騒音も聞こえるようになった。」と核研時代を懐かしがられていた。

(6)まとめ

廃止措置では予期せぬことに直面することになったが,以下のような様々な教訓を得ることができた。

  1. (i)組織内,監督官庁,自治体,住民へ情報を逐次公開することが重要
  2. (ii)工事の進め方,予算措置,周辺対応のために,組織間の連携体制の構築が重要
  3. (iii)古い施設では特に,過去からの情報の収集が不可欠
  4. (iv)想定される課題に比べて,表面化しないような不作為の結果があとになって大変なことになることから,平素からヒヤリハットを見逃さないような管理が大切
  5. (v)住民との関係においては,十分に話を伺い,気持ちを理解することが大切。
  6. (vi)こちらのことを説明する際は,エビデンスをきちんと話す。

多くの方々の協力と理解を得て進めることができたと考えている(※12)。このような事例が他の施設の改廃の際の参考になれば幸いである。

4. 原子力・放射線分野のリスクコミュニケーションに関する既往研究の整理と考察

3章で示した各講師の講演内容の中で登場した語句や事例について,その背景や根拠を把握し資料として活用できるように参考文献を付した形で以下に解説する。解説は3章の文中にて(※番号)を付した部分について行う。

リスク(※1)

リスクの定義は,分野によって,ハザード(危険・危害因子)と確率の積,コストをベネフィット(利益)で割ったもの,ハザードとアウトレージ(怒りや不安,不満,不信など感情的反応をもたらす因子)の和など多様である5)。我が国において運用されている定義としては,消費生活用製品向けリスクアセスメントのハンドブック(経済産業省)における「危害の発生確率(発生頻度)と危害の重大性(危害のひどさ)の組合せ」6)などがある。また,リスクという言葉には危険と利益の両方の意味が含意されており,「危険なものではあるが,それを行うことによって利益が得られるもの」7)という説明もされる。

リスクガバナンス(※2)

いろいろなタイプのリスクへ適切に対処するためには,「リスクの削減あるいは分配,調整をめぐる個人と組織(企業,行政,市民団体,NPO, NGOなど)との相互作用」としてのリスクガバナンスが求められる8)

リオ宣言(※3)

1992年にリオ・デ・ジャネイロで開催された国連環境開発会議(地球サミット)にて「環境と開発に関するリオ宣言」9)が示された。リオ宣言は第27則からなり,3章にて引用されている部分は第15則に該当する。

ボパール事件(※4)

1984年12月2日夜間にインドのボパールの化学工場(アメリカ・ユニオンカーバイト社)からイソシアン酸メチルが漏洩し,3000人以上の死者と約20万人もの被災者を出した事件であり,この事件の発生を背景としてアメリカでは1986年に緊急計画・コミュニティの知る権利法(EPCRA)が成立した10)

客観的リスク,主観的リスク(※5)

発生する確率とその被害の大きさの積で表されるリスクを客観的リスクと呼ぶ11)。それに対して,人々が対象に対して感じるリスク,心理学的なレベルのリスクを主観的リスクと呼ぶ11, 12)。ただ,両方のリスクについて,それぞれの文脈や人々が問題にかかわる社会的な立場に応じてリスクが構成されるという意味で,結局は主観性が入らざるを得ないため,客観–主観という区分は厳密ではないという指摘もある13)

リスクパーセプション(※6)

リスクパーセプションとは,リスクを人々がどのように知覚するか,すなわち人々の主観に基づく危険性の評価のことを言う14)。本人の納得の上での行動に伴う能動的なリスク(喫煙,自動車の運転など)よりも公害などの受動的なリスク,「頻繫におきるもの」よりも「めったに起きないが,起きるとひどいことになる」ようなリスクはより大きく認知される傾向があり,その意味で原子力発電はリスクが大きく見られる要因の多くが当てはまる11)。主観的リスクと客観的リスクのずれをパーセプション・ギャップと呼ぶ。

NIMBY(迷惑施設)(※7)

NIMBYとはNot in my back yardの略であり,迷惑施設に対して必要性は理解するが自分たちの近くには設置してほしくないという市民の意識や態度を表した言葉である。原子力発電所や再処理施設,高レベル放射性廃棄物の処分場などがNIMBY問題に該当する。原子力施設の立地におけるNIMBY問題を解決する方法のひとつとして市民とのコミュニケーションを通して,基礎的な原子力知識基盤の醸成と原子力界に対する市民からの信頼の獲得をすることが考えられる15)

仮置場の確保と除染実施前の地権者等の関係人の同意の取得(※8)

除去土壌の中間貯蔵施設の敷地面積のうち,約80%は民有地であり事故以前は田畑や神社が存在していた16)

30年以内に福島県外にて最終処分(※9)

除去土壌の県外最終処分の実現には複合的な様々な問題が関係する。(相馬,2024)16)では県外最終処分に関する公共的討議におけるポイントとして,最終処分場の数,除去土壌の再生利用に関するもの(再生利用を行うか,再生利用を行う箇所の数,再生利用を行う場所),除去土壌の減容化の3点を挙げている。最終処分場や再生利用を実施する箇所の数については,一箇所の時よりも複数箇所を対象としたときの方が,不公平感が緩和され,受容されやすいことが既往研究17, 18)により示唆されている。最終処分や再生利用により新たに負担を引き受ける地域への不公平の緩和は必要であるが,既往研究19, 20)により単純な補償だけでは住民の受容に繋がらないどころか逆効果にすらなりかねないことが指摘されている。

実証事業に関する住民との対話(※10)

平成29年に整備された改正福島特措法に基づき,福島県飯館村長泥地区において環境再生実証事業(除去土壌を再生資材として造成工事の基盤に使用)が国,自治体,住民が一体となって実施している。実証事業を開始するまでには長い話し合いの期間を要し,平成27年頃より協議(協働)を繰り返し,平成29年11月に飯館村長泥行政区臨時総会において環境再生事業を了し,長泥行政区から飯館村村長に対し臨時総会での賛成決議を文書で報告,飯館村議会・全員協議会において環境再生事業を了承,飯館村から環境省に対し環境再生事業実施の要望書を提出,飯館村は長泥行政区および環境省で環境再生事業実施について相互確認し,長泥行政区臨時総会において詳細な事業説明を行い,長泥行政区総会において特定復興再生拠点区域復興再生計画を認定した21)。実証事業開始後についても,長泥住民と環境再生実証事業の結果について継続的に意見交換が行われており,住民自ら放射性セシウムの動態を実感することで再生資材への安心感が強くなりつつある22)

東京大学原子核研究所の廃止措置が実施された際の時代背景(※11)

東京大学原子核研究所の廃止措置に係る住民説明が開始された1999年においては,我が国においてリスク管理やリスクコミュニケーションという考え方が導入され始めた頃であり,一般に浸透していなかったと考えられる。我が国においてリスクという概念が市民において一般化するきっかけの一つに1995年の阪神淡路大震災がある23)。我が国の制度的な枠組みの中で,リスクコミュニケーションが位置づけられた初期の事例の一つに,平成11(1999)年に公布された「特定化学物質の環境への排出量の把握等および管理の改善の促進に関する法律」(化管法)がある24)

リスクコミュニケーションにおける信頼関係の構築(※12)

リスクコミュニケーションを受ける側のリスクの認知は伝える側への信頼によって変わることが知られており,伝える側が信頼されていればそのリスクは等身大として受け取られる11)。この信頼性は,リスクを伝える側の「能力」と「公正や正直さ」から構成されるというイェールコミュニケーション研究プログラム以来の伝統的な見解が半世紀以上にわたって主流の回答とされている11, 25)が,それに加えて情報を伝える側と受け取る側の間で主要な価値が共有されているかどうかも重要であると(中谷内,George, 2008)25)は指摘している。原子核研究所の廃止措置に係る住民とのコミュニケーションにおいては,廃止措置に係る情報を隠すことなく逐次公開すること,および住民と十分に話し合い気持ちを理解することを徹底したことで「能力」と「公正さ正直さ」が住民側に伝わったことや,新たに施設を建設するというような新たなリスクが追加される方向ではない廃止措置だからこそ安全に廃止措置を完了するという共通の価値観を大学側と住民側で共有しやすかったことが信頼関係の構築に寄与したと考えられる。

3章に示した各講演内容およびその背景に関する上記の解説に基づき,今後の我が国において若い世代が原子力・放射線分野のリスクコミュニケーションに積極的に関与していく雰囲気を醸成するために専門家が果たすべき役割について考察する。

著者は原子力・放射線分野の社会的な課題について,当該分野の専門家がリスクコミュニケーションを通して今後当事者として課題に取り組んでいく立場にある若い世代に適切に情報を伝達し,彼らが科学的な思考に基づいた議論の上で課題解決に取り組む方策を選択できるようになることが我が国にとって良いと考えている。この知識の伝達は一世代だけではなく,何代にもわたって引き継がれていく必要がある。上記の実現のためには,若い世代の一般市民に分かりやすく知識を伝えることに加えて,次世代のリーダーを育てることにつながるようにリスクコミュニケーションの成立の歴史的背景や社会への適用法について学問として体系的に伝えていくことが重要である。

本報告では,3件の講演内容およびその解説を通してリスクコミュニケーションの概要から社会へ適用した事例までを体系的に学べるように整理しているので,若い世代が原子力・放射線分野のリスクについて関心を持てるように情報を伝達する際のポイントを3件の講演内容を参照しながら以下のように整理した。

講演1で示された通り,リスクコミュニケーションが成立した歴史的背景には社会の中におけるリスクへの関心の高まりがある。社会の中でリスクへの関心が高まる契機は,ボパール事件や阪神淡路大震災のような社会に大きな衝撃を与える出来事が生じたときである。2011年に発生した福島第一原子力発電所事故によって一時は原子力・放射線分野のリスクに対する関心が社会の中で高まったが,時間の経過とともにその関心は薄れてきているように感じる。それに加え,当該分野のリスクに対する関心の高さは地域差が大きいようにも感じる。このことは講演2の中で指摘されている福島県外への除去土壌の最終処分に関して全国的な議論ができていないことからも伺える。原子力・放射線分野のリスクに関しては,原子力発電所の立地県や事故による影響を強く受けた県とその他の地域では,現状におけるリスクに関する身近さという観点からリスクパーセプションが異なることは避け難い。時間の経過による関心の低下やNIMBYとしての認識により一部の地域にリスクを押し付けないためには,当該分野の専門家は世代や地域によるリスクパーセプションの違いを把握した上で,より多くの人たちに,原子力・放射線分野の社会的な課題に対して当事者意識を持てるように情報を発信していくことが重要である。情報を発信する際には,講演3で紹介されたように,誰に対しても適切なエビデンスを示しながら説明することで「能力」と「公正や正直さ」に基づく信頼関係を構築することが重要である。リスクコミュニケーションにおいて信頼関係が重要であることは,4章の中で解説した「実証事業に関する住民との対話(※10)」の事例からも読み取れる。

最後に今回の市民公開講座への20~30代の参加者数は決して多くはなかった。我が国における原子力・放射線分野の社会的課題およびそのリスクに対する関心を高める第一歩として,まずは身近な若い世代の専門家にアプローチをして仲間を増やしていく必要があることを痛感した。

5. 結論

原子力・放射線分野におけるリスクコミュニケーションに携わってきた専門家の経験に基づき当該分野のリスクコミュニケーションに関する重要な知見を整理し,それらの知見の背景となる既往研究について解説することで,当該分野におけるリスクコミュニケーションを検討する際に参照できる資料を作成した。各専門家の経験から,原子力・放射線のような一般公衆になじみのない分野についてリスクコミュニケーションを実施する際は,単に科学的に正しいとされる情報を伝えれば理解されるだろうという欠如モデルに基づいたアプローチではなく,情報を伝える側と受け取る側の信頼関係を構築することが重要であることが示された。今後の我が国において若い世代が原子力・放射線分野のリスクコミュニケーションに積極的に関与していく雰囲気を醸成するためには,専門家は世代や地域によるリスクパーセプションの違いを把握した上で,より多くの人たちに原子力・放射線分野の社会的な課題に対して当事者意識を持てるように情報を発信していくことが重要である。

謝辞Acknowledgments

市民公開講座「むずかしいことを語り合うために~放射線のリスクを例として~」の準備および運営を担当いただいた特定非営利活動法人放射線安全フォーラム事務局に感謝申し上げます。

著者貢献内容

三輪一爾:企画と論文の作成

竹田宜人:講演内容の執筆

万福裕造:講演内容の執筆

桝本和義:講演内容の執筆

飯本武志:企画と論文の作成

利益相反の開示

本論文に関連し,著者全員について開示すべき利益相反(conflict of interest; COI)関係にある企業等はない。

引用文献References

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