核医学治療において令和3年(2021年)9月29日に発売された神経内分泌腫瘍の治療薬に177Luが利用されるなど新規核種が導入されつつあり,今後の発展が期待される。その一方で既に広く利用されている131Iや223Raなどの核種でさえ,これらの核種が使用される薬剤を用いた治療を必要とする患者に対して,既存核医学診療施設の放射性核種の使用能力が不足しているとの懸念があり,今後225Acなど新規核種の導入が進むと逼迫の度合いが高まることが予想される。
日本核医学会では,令和3年度に全国の核医学診療施設を持つがん診療連携拠点病院等に対して,核医学治療核種の使用能力を把握し,新規核種の導入をスムースに行えるよう将来に向けた使用能力確保への対策に生かすことを目的として,アンケートを実施した。アンケート調査項目には,診療用放射性同位元素を使用する場合に医療法関連規則で医療機関の属する都道府県の知事に提出を求める備付届に記載された使用予定核種及び数量,法令で定められている排気・排水・空気中に含まれる放射性同位元素の平均濃度限度(以下,それぞれ排気濃度限度,排水濃度限度及び空気中濃度限度)に対する各施設の適合状況などを含めた。
当該アンケート調査に対する回答があった130の医療機関において,アンケート回答時点で核医学治療薬として利用されている核種である177Lu,223Ra,131Iの使用可能な医療機関が,それら核種が利用される核医学治療薬をどのくらいの患者数に投与可能な使用能力を持っているのか把握するために,当該各医療機関の使用予定数量を整理して取りまとめた。
取りまとめた使用予定数量から現在利用されている核医学治療薬の投与放射能や投与回数を用いて投与可能人数を算出し,当該核医学治療薬を必要としている患者に対して国内の医療機関で十分投与可能な状態にあるのかどうか評価した。
アルファ線による抗腫瘍効果は従来からも認識されており,核医学領域においても223Raをはじめとして様々なアルファ線放出核種の医療応用が研究されてきた。近年全身にがんが転移した去勢抵抗性前立腺がん患者に225Acを利用した核医学治療薬を投与し,大変な治療効果が見られたことを示す研究発表が公開された1)ことを契機に,世界中で225Acを利用した治療薬の開発が活発になってきており,近い将来に我が国への導入も確実視される。そこでアンケート回答時の核種使用状況及び施設を維持したまま,177Lu及び今後核医学治療薬として期待される225Acを使用数量に追加可能かについても検証した。
核医学治療への患者の平等なアクセスを考慮した医療機関の均てん化を目指す上で,現状全国的に核医学治療の実施医療機関の分布がどのような状況にあるのか把握しておくことは重要である。そのため地方ごとにそれらに属する核医学治療の実施医療機関におけるこれらの核種の投与可能人数の分布がどうなっているのかを分析し,現在核医学診療を行っている医療機関の地方ごとの機関数の分布と異なっているのか比較した。
加えて,地方ごとの人口のバラつきがあるために,個々の地方に属する核医学治療の実施医療機関におけるこれらの核種の投与可能人数の分布を総務省の人口推計2)に基づき,人口10万人あたりに換算した場合の分布状況を洗い出した。
2・1 使用予定数量から核医学治療薬の投与可能人数の算出方法
各医療機関からアンケート回答のあった診療用放射性同位元素のうち,177Lu,223Ra,131Iの各核種の年間における最大使用予定数量から以下に示す通り,核医学治療薬の使用条件に合わせて年間の投与可能な人数を算出した。
177Luについては,現在承認されているルタテラ静注(以下,ルタテラ)及び治験が実施されているLu-177-PSMA617(以下,PSMA治療薬)で使用される放射能量が7.4 GBq/回であることから,一人当たり1回の使用数量を7.4 GBqとして投与可能回数を割り出した。なお,最近承認されている核医学治療薬は患者に対して複数回投与が必要となっている。そのため投与可能人数を割り出すには投与可能回数を治療で必要とされる投与回数で除す必要があるが,ルタテラは4回,PSMA治療薬は6回投与が必要となっている。そこで最大値を取って患者あたりの投与回数を6回として算定した。
223Raについては,現在承認されているゾーフィゴ静注(以下,ゾーフィゴ)の使用放射能量が6.16 MBq/バイアルであることから,それを1回あたりの使用量として投与可能回数を割り出した。投与可能人数の割り出しにはゾーフィゴで必要とされる投与回数である6回を用いた。
131Iについては,現在承認されている薬剤としてヨウ化ナトリウムカプセル,ライアットMIBG-I131静注(以下,MIBG治療薬)がある。特にヨウ化ナトリウムカプセルは放射能規格として37 MBqから1.85 GBqまであり,投与放射能も治療対象や個人で異なる。更に131Iを利用した核医学治療は甲状腺機能亢進症,甲状腺がん,甲状腺がんに対する甲状腺全摘術後のアブレーション治療,最近承認されたMIBG治療薬が用いられる褐色細胞腫,パラガングリオーマといったように対象範囲は広い。
そのために,第9回全国核医学診療実態調査報告書3)に記載されている薬剤別治療件数におけるヨウ化ナトリウムカプセルの治療項目として,甲状腺機能亢進症(バセドウ病)及び甲状腺がんとしていることから,これらを対象として算出することとした。
投与可能人数の算出に当たり,上記治療に必要な放射能として,日本核医学会分科会 腫瘍・免疫核医学研究会が策定した「放射性ヨウ素内用療法に関するガイドライン」4)を参考にした。
当該ガイドラインでは甲状腺がんの治療方法として投与量は3,700–7,400 MBqが一般的としている。
また,バセドウ病の治療方法として投与量は外来の場合,退出基準に従って500 MBqを超えない投与量,500 MBqを超える場合は放射線治療病室に入院させることとなっている。そのことから医療機関における1日あたりの最大使用予定数量が500 MBqを超えない場合,当該最大使用予定数量を一人あたりの投与放射能とした(例1参照)。
1日あたりの最大使用予定数量が500–3,699 MBqの場合は500 MBqを一人あたりの投与放射能とした(例2参照)。
また,1日あたりの最大使用予定数量が3,700–5,549 MBqの場合は3,700 MBqを(例3参照),5,550 MBq以上の場合は,ガイドラインで示される値の中央値である甲状腺がんの治療に必要な放射能量5,550 MBqを一人あたりの投与放射能とした(例4参照)。
- 〈例1〉
- 1日最大使用予定数量 370 MBq 年間使用予定数量 44.4 GBqの場合,投与放射能を370 MBqとして1日あたりの投与人数は1人,年間あたりの投与人数は120人。
- 〈例2〉
- 1日最大使用予定数量 1,800 MBq 年間使用予定数量 93.6 GBqの場合,投与放射能を500 MBqとして1日あたりの投与人数は3人,年間あたりの投与人数は187人。
- 〈例3〉
- 1日最大使用予定数量 3,700 MBq 年間使用予定数量 192 GBqの場合,投与放射能を3,700 MBqとして1日あたりの投与人数は1人,年間あたりの投与人数は52人。
- 〈例4〉
- 1日最大使用予定数量 7,400 MBq 年間使用予定数量 355 GBqの場合,投与放射能を5,550 MBqとして1日あたりの投与人数は1人,年間あたりの投与人数は64人。
2・2 各医療機関における177Lu及び225Acの使用数量への追加可能性の検証方法
医療機関の使用能力を示す各核種の使用数量の決定にあたっては,医療法施行規則に従い,人が常時立ち入る場所の空気中放射性同位元素の濃度,排気,排水に係る放射性同位元素の濃度が法令に定める濃度限度を下回るようにしなければならない。これら濃度の算定は「病院又は診療所における診療用放射線の取扱いについて」(平成31年3月15日付け医政発0315第4号厚生労働省医政局長通知)別表1に示される算定式を使用する。
今回のような検証にあたっては,核医学診療を行うエリア内で区分けされている様々な種類の部屋があり,本来それぞれの部屋ごとに濃度限度の適合性の評価が必要となる。しかし,すべての部屋について検証することは困難であることから,利用を計画する放射性医薬品のすべてを使用する前提で評価する必要があり,評価上厳しい状況にある部屋として,診療用放射性同位元素使用室の一部である準備室及び処置室を対象とした。
アンケート回答には検証に必要な各計算因子が提供されているので,前述の算定式を用いて週当たり177Luの7.4 GBqを10回,もしくはこの当時で225Acを利用し,医薬品として承認された核医学治療薬はないために,225Acの使用届出をしている病院はほとんどないが,現在海外で治験が進んでいる225Acを利用した治療薬の投与量が10 MBq前後であることから,177Lu同様週当たり225Acの10 MBqを10回使用数量に追加する仮定とした。
その仮定に基づき,準備室及び処置室において,すでに使用予定されている核種ごとの濃度限度に対する割合の和に,前述に記す使用数量を追加した際の割合の増加分を加えた場合,その割合が数量の追加可否の判断となる1を超えるかどうかの検証を行った。
3・1 医療機関の使用予定数量から算出した年間投与可能人数
アンケート回答があった医療機関における177Luの年間最大使用予定数量で最小の数量は178 GBq,最大は650 GBqであった。
177Luの使用能力を有している26の医療機関のうち,最も多くの分布数があったのは年間最大使用予定数量が201–400 GBq(年間投与可能人数4–9人)の範囲であり,約半数の12の医療機関であった(表1参照)。
表1 年間最大使用数量の分布(177Lu) |
年間あたり177Luの最大使用予定数量の合計は24.7 TBq)であり,本数量から2章 算出方法で示した手順で算出した年間あたり投与できる人数は合計で554人であった。
223Raの年間使用予定数量で最小の数量は320 MBq,最大は8,000 MBqであった。
223Raの使用能力を有している119の医療機関のうち,最も多い分布である年間最大使用予定数量が1,001–1,500 MBq(年間投与可能人数27–40人)の範囲の医療機関は全体の約25%である28機関であり,続いて多い分布である年間最大使用予定数量が601–700 MBq(年間投与可能人数16–18人)の範囲の医療機関は約20%の25機関であった(表2参照)。
表2 年間最大使用予定数量の分布(223Ra) |
年間あたり223Raの最大使用予定数量の合計は174 GBqであり,本数量から2章の算出方法で示した手順で算出した年間あたり223Raを投与できる人数は合計で4,675人であった。
131Iの年間最大使用予定数量で最小の数量は740 MBq,最大は5 TBqであった。
131Iの使用能力を有している116の医療機関のうち,最も多い分布である年間最大使用予定数量が10–50 GBqの範囲内の医療機関は全体の約36%である42機関であり,続いて多い分布である年間最大使用予定数量が100–200 GBqの範囲内の医療機関は約17%の20機関であった(表3参照)。
表3 年間最大使用予定数量の分布(131I) |
※ 177Lu,223Raと異なり,131Iは治療に応じて投与量が大きく異なるために,このグラフでは使用予定数量に対する投与可能人数は示していない。 |
年間あたり131Iの最大使用予定数量の合計は27.3 TBqであり,数量から2章で示した手順で算出した年間あたり131Iを投与できる人数は合計で11,015人であった。
3・2 各医療機関における177Lu及び225Acの使用数量への追加可能性の検証
アンケート回答のあった130の医療機関のうち,準備室に関して検証可能なデータ提供のあった89施設の中で,177Luを追加した場合,86施設(96%)で濃度の割合が1を下回り追加可能であった。処置室については,同様に検証可能な60施設の中で,45施設(75%)が追加可能であった。
一方で225Acについては,準備室に関しては89施設の中で52施設(58%)が追加可能であった。処置室については,検証可能な60施設の中で18施設(30%)が追加可能であった。
3・3 個々の地方に属する核医学治療の実施医療機関におけるこれらの核種の投与可能人数の分布
各核種における算出した投与可能人数を医療機関の属する地方別に分類したグラフは図1–3の通り。
算出した医療機関の属する地方別に分類した投与可能人数を人口10万人あたりにしたグラフは図4–6の通り。
参考として,日本アイソトープ協会が発行している2023年アイソトープ等流通統計5)による核医学実施医療機関の地方別数のグラフは図7の通り。
4・1 疾患ごとに予想される核医学治療対象人数と医療機関における核医学治療薬の投与可能人数との比較
ルタテラの投与の対象となりうる神経内分泌腫瘍(NET)患者数を求めるにあたり,我が国での胃腸膵管系のNET患者数11,578人のうち,遠隔転移がある患者が1,134人(*1)であり,これらの患者すべてが投与対象となることを仮定した。
*1 ルタテラ適正使用マニュアル6)における内部被ばく算出に使用した対象患者数に基づき,令和4年(2022年)1月1日時点の人口(1億2322万3561人)を用いて算出。
我が国でPSMA治療薬の投与の対象となりうるPSMA陽性の転移性ホルモン感受性前立腺がん及び転移性去勢抵抗性前立腺がんの患者数は年あたり15,506人(*2)であり,これらの患者のすべてがPSMA薬剤の投与対象となることを仮定した。
*2 Lu-177-PSMA-617治験適正使用マニュアル7)における内部被ばく算出に使用した対象患者数に基づく。
前述にもとづき,ルタテラ及びPSMA治療薬の投与の対象となりうる患者数は合計で約16,600人である。
アンケート回答のあった医療機関において,調査時点における年間あたり177Luを投与できる人数が合計で554人であった。この評価のベースとなったアンケートは当時2種類以上の核医学治療を実施していた地域がん診療連携拠点病院(高度型含む)と地域がん診療病院(佐賀と大分は0施設)170件に佐賀と大分で同様の治療実績のある施設4件と都道府県がん診療連携拠点病院51施設及び国立がん研究センター2施設を加えたがん診療連携拠点病院等227の医療機関に配布したものであり,実際の回答はその内の130施設(約57%: 130/227)からであった。
このアンケート回収率(57%)から単純に外挿をしても全国のがん診療連携拠点病院等において投与できる人数は972人にしかならない。当該時点では核医学治療の体制が充実していると考えられるがん診療連携拠点病院等においても,必要としている患者数に対して6%程度しか核医学治療が提供できない状況にある。
ゾーフィゴの投与の対象となりうる去勢抵抗性前立腺がん患者数は,我が国の前立腺がんによる骨転移が予想される患者数(2015–2019年):12,152人/年(*3)とされている。
*3 塩化ラジウム適正使用マニュアル8)における内部被ばく算出に使用した対象患者数に基づく。
アンケート回答のあった医療機関において,調査時点における年間あたり223Raを投与できる人数が合計で4,675人であり,177Luと同様にアンケート回収率から外挿すると全国のがん診療連携拠点病院等において8,201人となることから,対象となり得る患者の約68%に対して治療が行き渡る状況にある。
ヨウ化ナトリウムカプセル及びMIBGの投与対象となりうる甲状腺機能亢進症,甲状腺がん及び褐色細胞腫患者数は,以下の通りに算出した。
厚生労働省による平成17年(2005年)患者調査の概況における傷病分類編9)では当該年における甲状腺機能亢進症の推計患者数は10,400人となっている。
がん情報サービスによると2019年に日本全国で甲状腺がんと診断されたのは18,780例(人)10)となっている。
平成21年度(2009年度)に厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 難治性疾患克服研究にて行われた調査によると褐色細胞腫の推計患者数は2,920名(良性2,600名,悪性320名)11)とされている。
以上から,甲状腺機能亢進症患者数10,400人,甲状腺がん患者数18,780人,悪性褐色細胞腫患者数320人の合計29,500名がヨウ化ナトリウムカプセル及びMIBGの投与対象となりうる。
アンケート回答のあった医療機関において,調査時点における年間あたり131Iを投与できる人数が合計で約11,000人であり,アンケート回収率から外挿すると全国のがん診療連携拠点病院等において約20,000人となる。そのことから対象となり得る患者の約68%に治療が行き渡る状況となっている。
一方で,131Iによる核医学治療は投与量(≒疾患)によって放射線治療病室への入院が必要となるため,使用能力は概ね充足しているものの,放射線治療病室の不足により十分な治療を提供できない状況にある。
そのような中,令和4年(1992年)4月の医療法施行規則の改正により,特別措置病室関連の要件が規定された。本改正前までの法令条文では特別な措置を講じた場合には放射線治療病室ではなく,当該措置を講じた病室に投与患者を入院させることの解釈も可能ではあったが,当該部屋に係る要件が明確ではなく,現実には利用が難しい状況にあった。しかしながら,本改正により,特別措置病室が放射線治療病室の一つとして位置づけされたこと,要件や届出の必要性など運用面でのルールが明確になったことで広く利用が進むようになったことは,医療機関での核医学治療の導入に対する追い風になっている。
特別措置病室は条件を満たせば排水設備や排気設備を設けずとも利用できる点が利点であるが,最もコスト上のメリットが大きい排気設備の設置が免除されるには,患者に投与した診療用放射性同位元素の性質から,患者の呼気に含まれる当該RIの排泄が極めて少ない等の理由により,室内の空気中濃度が規則第30条の26第2項に規定される濃度限度を明らかに下回ることが求められている。これまで論文等の十分な報告が存在しないことから,ルタテラだけでなく,現在治験が進行しているPSMA治療薬についても,治験中に投与患者からの呼気を測定し,呼気中に含まれる投与したRIが極めて少ないことの実証実験12, 13)を行うなど科学的知見を収集する必要があったが,幸いRIは呼気中にほとんど測定されずにこれらの核医学治療薬では特別措置病室の利用が可能となっている。
このように治療環境は少しずつながらも改善している中,PSMA治療薬の治験が進んでいる状況であり,製造販売承認が取得されるまでは今しばらく時間がかかるが,欧米では既に承認されていることから,それほど遅くないタイミングで承認され,利用できる状況になると考えられる。
そのことからも必要としている患者に治療が可能な状態にある131Iや223Raの使用量は現状を維持しながら,その上で医療機関における177Luの使用能力の増量に向けた早急な対応が求められるところである。
4・2 各医療機関における177Lu及び225Acの使用数量への追加可能性の検証
近い将来におけるPSMA薬剤の発売を見込んで177Luの使用数量を追加することを想定した検証では,更なる使用数量の追加が可能である施設もあり,アンケート時点での医療機関の使用能力でもある程度の使用数量の追加が可能な余力はありそうである。
一方で仮に前述の通り,処置室で使用数量の追加が可能な45施設からアンケート回答率(57%)に基づき外挿しても79施設であり,これら施設を合計した追加投与可能回数は790回,投与可能人数にして132人にしかならない。
対象患者数の16,600人に対して追加分を考慮しても投与可能人数は1,104人であり,余力分を考慮しても全く十分ではない。
加えて,空気中だけではなく,排気,排水濃度限度を遵守する必要もあり,実際の使用能力の妥当性には更なる検証が必要である。
一方で世界的に開発が進んでいる治療薬に利用される225Acについては,法令に定める177Luの空気中濃度限度2×10−2 Bq/cm3に比較して,その濃度限度は3×10−6 Bq/cm3とかなり低いことから,使用数量の追加が難しい状況となっている。
また多くの施設では準備室に対して処置室のサイズが小さく,排気量が少ないことがあり,処置室での使用数量が追加できる施設は少なくなる傾向にある。
特に225Acを利用した核医学治療薬が我が国でも導入される時,医療機関の使用能力が大きなネックとなる懸念がある。
4・3 地方別における核医学実施医療機関数と核種ごとの投与可能人数の比較
223Ra及び131I核種の地方別の投与可能人数のグラフ(図2, 3)と地方別の核医学実施医療機関数のグラフ(図7)を比較すると,これらの核種に応じて各地方で充実した放射線治療病室を備えるなどにより当該核種を大量に使用できる医療機関がある場合は,当該医療機関が含まれる地方の棒グラフが突出することはあるものの,概して地方別の核医学実施医療機関数のグラフ(図7)の傾向と似ている状況である。
一方で177Luについては,アンケート実施時期が1章で記したルタテラの発売後まもなくのタイミングであったこともあり,177Luの地方別の投与可能人数のグラフ(図1)では核医学診療施設が他の地域より充実している関東や関西地方で利用が目立って多く,図7の地方別の核医学実施医療機関数のグラフの傾向とは異なっている。
この時点で沖縄では177Luを導入している施設はないが,177Lu核医学治療の実施にあたっては,学会が定める講習会の受講,特別措置病室の準備,院内で関係する医療従事者の研修,そして患者をサポートする看護師の協力体制を立ち上げるなど様々な事前準備にかかる期間が必要となっており,今後導入が進むものと推察される。
人口10万人あたりの投与可能人数に換算したところ,各地方における投与可能人数のばらつきは補正されている(図4–6)。図1–3を見るとどの核種においても核医学診療施設数が他の地域より多い関東や関西における投与可能人数は他の地域よりも多く,一見して治療機会が充実してみえるが,対人口10万人に換算すると例えば177Luにおいては関東地方よりも北陸地方のほうが多くなっている。一方,同程度の比較的低レベルの投与可能人数の地域間でも,中部地方が目立って低くなる(図4)。
放射線治療病室が必要な治療においては,これらの病室の導入や維持管理に係る費用及び人の手配などの負担が大きく,特に特別措置病室を除いて従前から放射線治療病室を導入している医療機関は限られている。そのこともあって,前述の通り,各地方で放射線治療病室などを備え,他の医療機関と比較して多くの核医学治療を可能としている一部のがん診療拠点病院などの医療機関が,当該地方において核医学治療の中核的役割を担い,患者の治療機会に多大な貢献をしている。しかしながら,今後投与後に放射線治療病室への入院が必要になる核医学治療薬の利用が増えてくると,これらの病室を整備した地方の医療機関に治療が集中し,負担が益々大きくなることで,必要な患者に治療を提供できない事態が起こりうることは否めない。
いずれにしろ,人口10万人あたりに換算した場合の投与可能人数はどの核種においても1人にも満たない状況にあり,特に今後使用の機会が増えることが期待される177Luは,早急に改善策を講じる必要がある。
223Raについては,関東地方の投与可能人数は最も大きくなっているが,10万人当たりにすると北海道と同レベル並みに低くなり,むしろ他の地方よりも少なくなっている(図5)。これは223Raは外来治療で可能なため,放射線治療病室や特別措置病室を整備することなく導入できることもあって,地方の医療機関でも導入がしやすかったことも一因として考えられる。
今後導入が期待される核医学治療薬が特別措置病室や放射線治療病室を必要とするのかどうかも,普及への重要なポイントとなる。
4・4 余裕を持った使用能力の確保の重要性
核医学治療薬は原料となるRIや薬剤の製造が海外に依存していることもあり,原料を製造している原子炉等のトラブルによりRIの確保が一時的にできなくなったり,ジェネリック医薬品の流通がないことから製造トラブルがあったときに,一時的に治療薬が入手できなくなり,診療が滞ることが発生している。
その場合,予定していた時期に投与ができないことから,核医学治療薬の供給再開後に速やかに投与を再開することが適切であり,複数回投与が必要となる核医学治療薬を途中まで投与している患者を優先するため,新規に核医学治療を行う患者の治療開始を延期するという憂慮すべき事態が発生している。
その原因としては,大きく二つあり,一つ目は日本に供給される治療薬の数量に限りがあることがあげられる。
昨今,医薬品の安定供給が滞る事象が発生し,関係学会等から,海外の状況によって国内の医療提供が左右される安全保障上の問題として,安定的な医薬品の確保を求める強い要請が寄せられている14)。そこで医療上必要不可欠である「安定確保医薬品」15)にいくつかの核医学診療に利用される薬剤が選定され,民間企業の安定確保に関する取組に対し,国としてもより踏み込んだ関与が期待される状況が生まれつつあるが,核医学治療薬に利用される核種はいまだにすべて海外に依存しており,その供給状況は決して安定的なものではない。
そのような状況の中,原子力委員会にて医療用ラジオアイソトープの国産化を目指す「医療用等ラジオアイソトープ製造・利用推進アクションプラン」が取りまとめられ16),2022年5月31日に公表された。本稿でも言及している225Acは「重要ラジオアイソトープ」に位置づけられ,本アクションプランに基づき,近い将来225Acの製造の担い手となりうる日本原子力研究開発機構が保有する高速増殖炉(実験炉)「常陽」において一定量の確保・供給をすべく,「常陽」の再稼働に向けた準備とともに,225Acの製造実証に向けた設備等の整備が順次進められる17)など,今後の核医学治療に利用される核種の安定供給に大きな期待が寄せられている。
二つ目として,医療機関では1日の最大使用予定数量まで投与を行っている(使用している)実態があり,使用能力に余裕がないことから急遽追加で投与が必要になった患者の使用量を確保できない状況にあることも要因となっている。
製剤の安定供給は必須ではあるが,核医学治療薬の特性上,供給が一時的に困難となる状況も想定して,使用実態を踏まえながら何割かは想定している最大使用予定数量に余裕を持てるような使用能力の確保が必要となるであろう。
近年の核医学治療薬の利用が活発になってきていることは喜ばしいことではあるが,必要としている患者に医療機関の都合で治療機会を適切に提供できない状況に至ることは避けなければならない。
177Lu,223Ra,131I及び近い将来導入が期待される225Acを用いたがん治療環境の評価を行った。人口10万人あたりの換算では問題ないと考えられたが,今後新たな核医学治療の普及を考えると,地方で核医学治療の中核を担う病院の負担の増加が懸念される状況にあり,早急にこれらの病院の使用能力の改善策を講じることが必要と考えられた。
謝辞Acknowledgments
アンケート調査を含めた本研究は,厚生労働科学研究費補助金がん対策推進総合研究事業の「放射線療法の提供体制構築に資する研究」(研究代表者:大西 洋)における「核医学治療核種の使用能力に関する検討-Lu-177, Ra-223及びI-131が利用される核医学治療薬の投与患者数と医療機関における核種使用能力から導き出した治療環境の評価-」の活動の一部である。
本論文に係るデータの整理,取りまとめにあたっては日本アイソトープ協会の中村伸貴氏,難波将夫氏の支援を受けたことに感謝します。
利益相反
本論文に関連し,著者全員について開示すべき利益相反(conflict of interest; COI)関係にある企業等はない。
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7) 細野 眞「ルテチウム-177標識PSMA特異的リガンド(Lu-177-PSMA-617)の治験適正使用に関する検討」令和3年度厚生労働科学研究費補助金(地域医療基盤開発推進研究事業)「新規及び既存の放射線診療に対応する放射線防護の基準策定のための研究」分担研究報告書https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202199006A-buntan1_24.pdf (accessed September 9, 2024)
8) 日本医学放射線学会,日本核医学会,日本泌尿器科学会,日本放射線技術学会,日本放射線腫瘍学会「塩化ラジウム(Ra-223)注射液を用いる内用療法の適正使用マニュアル」第二版https://www.jrias.or.jp/report/pdf/Ra-223manual_v2_2.pdf (accessed September 9, 2024)
9) 厚生労働省:平成17年(2005)患者調査の概況における傷病分類編https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/kanja/05syoubyo/suiihyo15.html (accessed September 9, 2024)
10) がん情報サービス 甲状腺がん 患者数(がん統計)https://ganjoho.jp/public/cancer/thyroid/patients.html#:~:text (accessed September 9, 2024)
11) 平成21(2009)年度厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 難治性疾患克服研究「褐色細胞腫の実態調査と診療指針の作成」https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/17149 (accessed September 9, 2024)
12) 高野祥子,尾川松義,小林規俊,市川靖史,他,177Lu標識ルテチウムオキソドトレオチドを用いたペプチド受容体核医学治療の空気中の放射能濃度,RADIOISOTOPES, 71, 135–140 (2022)
13) 稲木杏吏,平田健司,神原弘弥,野村怜史,他,[177Lu]Lu-PSMA-617をヒトに投与した後の病室内における空気中放射能濃度測定,核医学,59, 51–55 (2022)
14) 令和2年8月7日,公益社団法人日本医学放射線学会,公益社団法人日本放射線腫瘍学会,一般社団法人日本核医学会,公益社団法人日本臨床腫瘍学会,一般社団法人日本癌治療学会,一般社団法人日本泌尿器科学会,一般社団法人日本泌尿器腫瘍学会,医用アイソトープ製剤の国産化に関する要望書 —試験研究炉を用いた安定供給と研究開発の推進について—https://jsnm.org/archives/5705/ (accessed September 9, 2024)
15) 医療用医薬品の安定確保策に関する関係者会議(安定確保医薬品リスト(令和3年3月26日))https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_17728.html (accessed September 9, 2024)
16) 2022年5月31日,原子力委員会「医療用等ラジオアイソトープ製造・利用推進アクションプラン」https://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/kettei/kettei220531.pdf (accessed September 9, 2024)
17) 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 大洗研究所,「高速実験炉『常陽』の新増設等に対する茨城県及び大洗町の事前了解について」https://www.jaea.go.jp/02/press2024/p24090602/ (accessed September 9, 2024)